〜プロローグ〜 |
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─プロローグ─ 一人の青年が颯爽と廊下を歩いていた。 年は30も行かないぐらいであろうか。白い衣に身を包み、平均的な身の丈を有している。今は不安げな仮面を被っているものの、その本来の顔立ちは中性的であり、まるで神が自ら彫刻を施したかのように、際立って整っていた。しかし、彼の真価は頭の表面でなく、内部にこそ存在したのである。 彼の名はキュウイ。タモ陣営が誇る、最強にして、唯一の将軍である。 ようやくキュウイは飾り気のない会議室へ辿り着いた。彼は部屋の前で呼吸を整え、中にいるはずの大王、彼の主君に来訪を告げた。 「キュウイか」と、声と同時に顔を上げたのは、キュウイの主君たる人物、タモ。 「ただ今参上致しました。陛下、一体どのようなご用件で?」と、キュウイ。タモはその言葉に答える代わりに、しかめっ面と一通の手紙を彼の忠臣へ差し出した。 「つい先日、オオコシの使者がこれを運んで来てな……」手紙の文面に目を通したキュウイは、その形の良い顔を不本意ながら歪めることとなった。そこに書かれている内容は彼の予想の範疇のものだったが、同時に出来ることなら当たって欲しくない予想でもあった。彼の主君は心労から大分痩せており、キュウイほどの頭脳を持ち合わせていなくとも、その心情を察するのは簡単なことであっただろう。 「『我が傘下に入れば良し、さもなくば力を持ってこれを示す』ですか……ついにオオコシが重い腰を上げたようですね」 「キュウイよ、オオコシの軍勢は総計一万千四百、我々は四千……この差を持ってしてオオコシを撃退することは無理に等しい。オオコシの軍勢だけならまだしも、我らはマサシ、リョウマの両陣営に狙われている」 「勝算は無い……そう仰るんですね」キュウイは静かに言い放った。主君に大して発するには幾分威圧的であったかもしれない、しかし、それらはキュウイの感情ではなく理性から発せられた言葉だった。 「このまま戦っては我々の敗北は必死だが、だからといって滅びへの道を辿るわけにはいかない」とタモ。 キュウイには彼の主君の言わんとするところが察知できていた。 「同盟を結ぶ、と仰るのですね。それもオオコシ以外と」とキュウイ。 「その通りだ。そこで、卿に命じる、4番国にてオオコシを迎撃せよ。期間は我々が同盟を結ぶまでだ」 「御意」キュウイは重々しく返答した。「ところで、どの大王と同盟を結ぶのですか」 キュウイの聞き方は半ば確認であった。 「マサシ陣営と同盟を結ぼうと考えている」それが、タモの結論であった。キュウイには分かっていた。それ以外に選択の道が無いということも、それがタモのオオコシに対する敵意を最大限に表したものだということも。 キュウイは俊敏に立ち上がると、タモに向かって重々しく敬礼し、優雅な動作で部屋を出て行った。宮廷を出て行きながら、彼は人知れず独語していた。 「乱、か……」 この二者の短い話し合いは、後世の歴史書にこう記されるところとなる。「旧暦1650年4月……長い動乱の世が短い仮眠を取っている間、オオコシ陣営は密かに、そして急速に軍事力を増加させていた。手始めにオオコシは、残る三大王の中で最弱のタモ陣営を壊滅しようと試みた。しかし、これに対しタモ陣営は徹底抗戦の動きを見せる。こうして、旧暦1560年に始まり、終結に32年を要した「乱」、その序乱とも言える戦いが勃発したのである……」 執筆日 (2004,01,16)
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