マサシ侵攻策 〜八〜 |
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マサシ軍六千強対タモ軍約四千弱、タモ国領土十五番国にて対峙。 マサシ軍総大将、マサシ。タモ軍総大将、タモ。側近、ケッタ。 ほぼ同時にマサシ領八番国、オオコシ軍大将ケンタロウより襲撃を受ける。兵数、ケンタロウ千五百に対し、マサシ軍千。 オオコシ、マサミチの一騎打ちは、オオコシ一万二千対マサミチ三千。兵数劣勢なマサミチが兵の実力で互角以上の戦いを続けていた。 リョウマ対タナカは、十二番国で再起したタナカが約千五百。それを追いかけるリョウマが約三千の兵を率いて十三番国に布陣。二雄が、今や国境となった地で戦端を開きかけようとしていた。 全体を見ると、三国を敵に回すマサシ陣営が最も不利な状況であろう。しかし、オオコシは急激な徴兵で国力が底を尽き、リョウマは要都の守りが手薄である。さらにタモに至っては国力はともかく、兵力が周辺諸国と比べて極端に低い。もしここでマサシがタモ、リョウマ両陣営を破ろうものなら、オオコシは長期戦の末敗れ去ることが確実である。勿論それはリョウマにも言える事だが、リョウマはマサシの戦略に気付いていなかった。 リョウマがマサシの戦略に気付くのは、マサシ、タモ両陣営が武力衝突を始めてからである。リョウマ退却の事実は後に明らかになることだろう。今はマサシ、タモ両巨頭の対立が重要である。 猛将ケッタを有するタモは地理的に有利、マサシは兵数、兵の実力が有利である。どちらも正攻法で行くのなら、数の差が有利なマサシが圧勝するであろう。それは目に見えた結果であり、タモはマサシという猫の窮鼠を噛むためだけに存在していたのかもしれない。 しかし、展開は万人が予想するところとならなかった。
旧暦1560年八月十日。 タモはマサシの使者に「徹底抗戦」との返事を出した。 どうもこの二者は折り合いが悪いらしい──タモはそう思った。以前タモがマサシに助けを求めた時、マサシはタモの申し出を拒絶した。似たような状況というわけではないが、どこか運命的なものを感じさせる。 「本当によろしいのですか?」ケッタは聞いた。 「仕方あるまい。もはや我らは腹を括らねばならない」とタモ。 タモの顔には苦しみの色が浮かんでいた。苦渋の選択を取らざるを得なかった者の顔である。 ケッタはその顔色を盗み見て、無力の念に駆られた。自分が大王のために出来ることは戦争、その戦争で勝つのみである──もしも兄が生きていたなら、大王はまた別の道を取っていたかも知れない──しかし、兄はこの世にいない。 この時彼は自らの生き方を決定した。 (もし自分が戦いによってのみ窮状を救えるのなら……最後まで戦いに生きてやろうではないか) この決定は、後にタモ国に重大な影響を及ぼすことになるが、それはこの戦いが済んでから後のことである。何はともあれ、この決心はまずケッタの心を変え、その配下の心を変えていったのであった。 このタモとマサシの戦いにおいて、タモ国が奮闘した理由の裏には、このようなケッタの決意があったのかもしれない。
十五番国東の国境付近で戦闘が開始された。 互いに相手の軍を打ち崩そうと、先陣が猪突する。それを援護するように周辺の陣形が中央に集まり、戦闘は横長の陣形で行われた。 その中で最も敵味方を問わずに最も活躍した者を上げるとするなら、それはケッタをおいて他にいなかった。千五百以上の兵を任せられたケッタは、攻撃力に任せると見せて、巧みに陣形を変形しつつマサシ軍を打ち破っていった。局所的には大勝利である。 しかし、タモ軍本体は、全体としてみればマサシ軍に押されていた。圧倒的な兵の圧力と、一兵一兵の実力がそうさせるのである。 (これではいかん、タモ国の兵は弱すぎる……このままでは勝ち目が無い) ケッタは大声で叱責を上げ、兵の士気を高めることに専念した。しかし、それだけではさほどの効果は無い。 戦いが始まって一時間、早くも濃厚な負けの気配が漂ってきたタモ軍の中、先頭に立って孤軍奮闘していたケッタに対し、タモ軍全体は首都に軍を下げつつあった。 「このままでは……」 マサシ軍に対して格の違いを見せ付けながら、ケッタの脳裏には先ほどの決意が点灯していた。──もし自分が戦いによってのみ窮状を救えるのなら……最後まで戦いに生きてやろうではないか。 ケッタは後ろを振り向いた。その隙だらけの背に、「好機!」とばかりにマサシ軍が白刃を閃かす。 しかし、白刃はケッタの背に到達出来なかった。 「将軍……!」 あまりの出来事にケッタの配下が声を荒げる。彼らの上司は、振り向きざまに敵を倒したのだ。ケッタの大剣は振り向きざまに後ろに振り下ろされ、背中を狙う者の頭蓋を兜ごと叩き割った。 「馬を貸せ!」ケッタは怒鳴った。そして怒鳴った時には、既に部下から黒毛の馬を頂戴していた。 「将軍!何をなさるのです!」 「見れば分かるだろう。このままではどうしようも無い。直接マサシの首を取ってきてやる。若輩はそこで黙ってみておれ!」 言うや否や、まず黒馬の前足で並み居るマサシ軍を文字通り蹴散らした。手持ちの大剣は一旦鞘にしまい、代わりに背負っていた長槍を取り出す。彼の兄、キュウイが愛用していた武器の一つである。 「行くぞ!」 ケッタはほとんどがむしゃらとも言える動きで長槍を振り回し、馬上から敵軍に多大なる打撃を与えた。その姿を見て、タモ軍は一気に士気を上げた。 「ケッタ将軍に続け!」 それを合言葉に、後退をやめ、急遽タモ軍は猛攻に転じた。 マサシ軍本陣の奥に構え、全体を指揮するマサシは歯軋りして悔しがる。 「くっ……雑魚共が調子に乗りおって。それにしても、敵に回すと何と嫌な奴よ、ケッタという者は」 対して、その主たるタモは、部下の実力に思わず目を見張り、賞賛の声を上げる。 「やつれていた割には良く働いてくれる。全く、心配をかけて……見よ、キュウイ。ケッタがいる限り、我らは滅びはしない。お前の死は無駄では無かったのだ……」 対照的な二人であった。 その後、ついにケッタは敵陣本営への突入を果たす。 「マサシよ、今こそ死神の迎えに答える時だ!本営から出てくるが良い。このケッタが……」 「あの馬鹿者を黙らせろッ!」 単騎のケッタに群がるマサシ軍、タモ軍はその動きを背後からつつき、有利に戦況を展開する。 「さてはこのケッタを恐れるか!」 黒馬が跳躍し、一気に大本営の本陣まで近づく。それに呼応するように、マサシ軍大本営の中から一人の男が現れる。その名もマサシ。手には長剣を持ち、ケッタを迎え撃つ。それを見て、ケッタは槍を瞬時に背へ背負い、代わりに腰の鞘に収めていた大剣を取り出す。一瞬の早業である。 両雄の対決は、ケッタの一撃で幕を開けた。 まずケッタの大剣がマサシの顔面めがけて襲い掛かる、しかし、マサシは手にした長剣でそれを払う。最初の一太刀は両者様子見である。その名勝負に、もはや観客と化した兵士たちは息を呑んだ。 その次の瞬間、ケッタは瞬間的に三連撃を叩き込んだ。片方の手で馬の手綱を持ちながら、である。しかしマサシはそれを軽く受け流し、自分から反撃はしなかった。それはケッタの次の攻撃を読んでいたからなのかもしれない。 「これでどうだ!」 瞬間観客たちは息を呑んだ。ケッタの七連撃が打ち込まれたのである。顔面を狙ったのが最初の三撃、そしてその次の四撃はいずれも胴体、そして脚を狙ったものだった。この時もう片方の手は手綱を離れ、ケッタは脚だけで黒馬を制御していたのである。 しかし、マサシはその全ての打撃を受け流した。いずれも長剣を閃かせるようにして、ケッタの強烈な斬撃を受け流したのである。そして、ケッタの肩を狙って一撃を放った。 (避け切れんッ!) そう悟ったケッタは思い切って背を向けた。そして、背中に背負った長槍で攻撃を受けたのである。マサシの顔に驚愕の色が浮かび、ケッタはその一撃を反動として馬を反転、一気にタモ陣営へと帰還した。 (くっ、やはりマサシの首は取れぬか……) ケッタはマサシ軍を蹴散らしつつ、タモ軍陣営に戻った。将軍としては軽率な行動であっただろうし、戦術といえるようなものではない。しかし、ケッタ以外の誰がこのような思い切った行動に出ることが出来よう。それはタモ軍の士気を大幅に高め、「勝てる」という幻想を抱かせた。その幻想が現実となるかは、夢を見たものの努力次第である。 しかし、その幻想を打ち砕くかのように、マサシ軍が動き出した。 マサシ自身が先陣に立ち、指揮を取り始めたのである。 それは、タモ軍にとって、大いなる脅威だった。 執筆日 (2004,05,11)
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