マサシ侵攻策 〜七〜 |
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満月。 一人の男が月の光を浴びている。 ここはマサシ領八番国。対オオコシ戦線の最前線に設けられた都市である。詳しく言うなら、都市としての機能を完璧に備え付けているわけではないが、対オオコシ用にまずは千近い兵が配備されているのだった。勿論、この千という数字はオオコシ軍を食い止めるための数であり、もし侵攻されたあかつきには八番国からの出兵が行われるだろう。 男は八番国の城壁の上に立っていた。すぐ傍には誰もいなかった。 「流石にマサシ殿は他の頭の固い武将とは違う……。だが、やはり私の才能を分かっておられないようだ。このような辺境の地に私めを封じなさるとは」 そして、人に聞かれては不味いことを呟く。 「そして、私はここから出世し、まずはマサシ殿の頼れる武将として、そしてマサシ殿の参謀としてその名声を高め……最終的には、私はマサシ殿以上に大いなる存在になり得るのだ。やがて私は政権を握り、各国にその有名を轟かすことになるだろう……」 もしその場にタナカでもいれば、自己陶酔の極みを笑い飛ばすかもしれなかった。やがて彼はうっとりとして語り始める。 「天才とは時として世の中に理解されえぬもの。だが、私は違う。たとえ理解されなくとも、功績を残し、いずれはこの辺境の地から中央へ繋がる階段を上り始めるのだ……」 そして、二番目の台詞に続くのである。彼の名はヨシカス。一時的にはマサシ領となった十七番国で、マサシ陣営過激派の頭目となって活動してきた男である。本人は自らの姓名と才能に自信を持っていた。 彼の背後から足音が忍び寄る。彼は甘美な妄想を中断した。 「何者だ」彼は聞いた。 「見張りです。ヨシカス将軍、夜風は体に悪いと聞きます。中には入られてはいかがでしょう」 「……」 途端に彼は不機嫌になった。自らの世界を余計なお節介で邪魔されるのは、彼の最も忌み嫌う行為だった。そして、その忠言が的を射たものであるのが、余計に癪に障るのである。ケンタロウの言を聞き入れず、スエナガの言ばかり採用するオオコシの性格と親類だと言っていいだろう。 だが、ふとしたことで彼は機嫌を元に戻した。見張りの発言の一部に、将軍と言う尊称が使われていることに気がついたのである。とうとう自分も将軍と呼ばれる存在になったか。という満足感が徐々に込み上げてきた。 結果、彼は見張りの忠言を聞き入れた。随分と単純な男だと思ったかもしれない。 「後は任せる、他に見張りはいないのか」 「おりません。自分一人であります」 「分かった、期待しているぞ」 彼は自分の寝室へ帰っていった。期待と言うのは嘘ではない。半ば侵攻されるのを期待しているのである。 戦う機会も無ければ、武勲も立てようが無い。それが彼の言い分だった。 そして、見張りは期待に応えた。 朝方、見張りが交代する予定の時間の直前である。やや眠くなる目を無理にこじ開け、彼は遥か彼方の地平線を見ていた。朝日が顔を出し始め、薄暗い夜明けが薄明るい朝の光に取って代わられようとしていた。 そこで見張りは信じられないもの、正確には、信じたくないものを見たのである。 オオコシ軍と見られる、明らかに悪趣味な武装集団が馬に乗ってやってくるのを見かけた。見張りは大軍を知覚した。オオコシ軍大将、ケンタロウが配下を率いてやって来たのである。 敵襲を知らせる大声が、八番国の警鐘を鳴らしたのである。
時は満てり。 ついにマサシ直属軍が六千近い兵力に膨れ上がったのである。そのいずれもが万全の状態で戦争を仕掛けられるのである。 準備が整って数日、マサシの元に一つの知らせが舞い込んだ。それは信頼すべき筋からの知らせであり、その知らせが語るところによると、ついにリョウマがタナカを追い詰めた模様である。 リョウマは十七番国を落とした後、再起したタナカと十三番国にて対峙。 つまり、首都十六番国の守備は手薄というわけである。その間には兵力四千前後のタモ国首都があるのみであった。その薄い壁さえ突破すれば、向こうには手薄な土地が広がっている。即ち、タモを撃破しさえすれば全国統一への障害はオオコシのみとなってしまうわけである。 今こそ決断の時。 マサシは手元の六千兵を手に、首都十番国を飛び出した。 手はずはととのえてあった。まずは使者を向かわせ和平交渉を行う。勿論その背景には軍事力があり、直ちに返答が無ければそれすらも理由として侵攻を行う。当然使者が死者となって帰ってきた場合にはそれを理由に侵攻を行うつもりである。もしも和平交渉が結べるとしたら、それを最大限に利用するのみである。和平と言うのも名ばかりで、中身は脅迫状……オオコシが送りつけたようなものと大差は無いのだから。 「タモよ、どう出る?悩みたければいくらでも悩むが良い。お前に残された道はたった二つ。ゆっくりと滅びるか、それとも急速に滅びるか、それしか無いのだからな」
タモ国─。 マサシの急速な侵攻に、そして全国を敵に回すかのようなマサシの侵攻策に危機を抱いていたタモは、四番国のケッタを呼び寄せ、緊急に対抗措置について話し合っていた。 タモは驚いた。ケッタの思わぬ衰弱ぶりにである。 「ケッタ……。何があったのだ?」 ケッタはあらゆる悩みを抱えていた。その大半が統治者としての悩みではあったが、それ以外にも彼の精神を蝕むだけのものがあったのだ。ケッタは四番国の統治に自信をなくしていた。兄のようにはなれない、完璧な統治者にはなれない。それらが彼の心に重くのしかかり、あらぬ考えを持つに至った。 自分は大王の役に立つことなく終わってしまうのではないだろうか。 自己犠牲と忠誠心は彼の心の主たる成分ではなかったが、ケッタは自らを忠臣と考えていた。故に、四番国の統治に苦労している窮状を、タモに知らせるわけにはいかなかった。自らの失敗によってタモの精神までも圧迫したくは無いのである。 「何でもありません。それより、マサシを相手にする際の対抗策を考えねば……」 「そうだな」 タモは腕を組んで考え始めた。タモは何を考えるにしても、まず国民の安全と利益を考える。それも「最終的な」安全と利益である。故にタモ国は小国ながらも独立を手にし、そして維持している。ただの乱世の王なら不可能なことだろう。彼らのように自国の権利のみを考えて国民を扇動していたならば、最終的には国民に倒されてしまう。タモ国は、民衆の力で生き残るかもしれない。 そんな折、ついに恐怖の対象が訪れた。マサシ国首都から使者がやって来たのである。それも背後に六千の兵を率いて。 マサシの遠隔的な命令により、使者は文面を読み上げた。「我が傘下に入らば……」 読み上げた内容は、オオコシのそれとなんら変わりの無いものであった。しかしマサシの国書はひたすらに脅迫し、自国の利益を得ようとしている。文面からも、出兵という態度からも、それが露骨に感じられた。内容は和平条約。タモ国に対し、マサシ軍の通行権を要求している。 「……というわけでマサシ様よりの国書を手渡しいたします。返答は国書に書いてあるように一日以内ということになっております」 「国事を決定するのに一日しか時間が無いわけか……」辛そうなタモの表情。 「貴様。今この部屋から掴み出してやろうか。首と体を離して、な」 「制せ、ケッタ。……さあ、客人よ。それではお引取り願おう。明日のこの時間、我々の元へ立ち寄るがいい」 そして、丁寧に礼をして使者が立ち去ろうとした。その背中にケッタが声をかけた。 「待った、もし仮にその国書に調印しなければどうなる?」 使者は振り向きざまに言った。 「その場合、和平の意思が無いと見なされます」 いずれにせよ、タモ国は戦わなければならない。その雰囲気を言外に匂わせて使者は出て行った。悔しそうにケッタが握りこぶしを作り、忌々しそうにタモが国書を読み直す。その中に穴を探そうと必死になったが、それは見つかりそうも無かった。 タモは開戦の決意を固め、ケッタに先陣に立つよう命じた。 「和平条約を結ぶべきではありませんか。我々は前回の戦役にも、マサシに友好を求めていますが」 「オオコシという勢力が狙っていたからこそ、あの時の和平には価値があったのだ。だが、今やかつてのオオコシと今のマサシは変わるまい。今マサシと和平条約を結べば、マサシ軍は我が国を横断するだろう、そして、その先にはリョウマ軍がいる」 「マサシは全てを手に入れようとしているのだ。和平を結べば、我々はただのマサシ国防波堤に過ぎぬ……私は、確実な滅びの道より、僅かでも可能性のある道を選びたいのだ」 執筆日 (2004,04,27)
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