マサシ侵攻策 〜六〜 |
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旧暦1560年五月二十八日。タナカとリョウマの全面戦争が開始された。 リョウマ軍およそ六千、タナカの保持兵数、その約半分。しかしタナカは要塞を手にしており、上手く持久戦あるいは消耗戦に持ち込めば接戦も可能である。 事実、この時タナカは粘った。要塞の門を硬く閉ざし、リョウマ軍を一歩も中に入れず、迎撃さえも滅多に行わない。リョウマ軍も攻めあぐね、何度か侵入を試みるも、ほとんど無駄に終わっている。もともとリョウマに大した軍事的才能は無く、好機を待つばかりで大軍を持て余していた。 そうした中、何度かタナカは迎撃戦を試みた。全てが奇襲であり、それはリョウマ軍の注意を十七番国へと向けるための行動だった。そして、その内の一回だけがマサシ陣営の失敗である。 七月十八日夜のことである。 タナカの一隊が密かに要塞を開け、外のリョウマ軍と対峙しようとした時、その奇襲を心待ちにしていたリョウマ軍に迎撃されたのである。この時勢いあまってリョウマ軍三千とタナカの二千が対峙。何とか要塞内に逃げ込むも、つられてリョウマ軍の三千兵が中に入った。 混乱と混沌の中で、タナカはどうにかリョウマ軍を撃滅させることに成功。しかし、被った害も大きかった。タナカの三千近い兵が千近くまで減少してしまったのである。 しかも、リョウマ軍に有能な指揮官がいなかった、要塞内の状況を完全に把握しきれていない。等の利点がありながら、結局三人に二人の割合で死亡したのである。これはタナカを戦慄させるに十分であった。 残りの千兵でリョウマの三千と対峙するのは、即ち負けである。どうにかして生き延びるために、どのような策を取るべきか。タナカは悩んだ。特に、要塞も人数に任せて強行突破させられてしまえばおしまいである。二倍の敵なら要塞の守り次第では落とされない自信があった。が、三倍の敵となると、強行突破を防ぎきる自信が無い。 タナカは完全に要塞を閉めた。部下には退却の準備をさせ、いつでも要塞から脱出、いざと言う時は十七番国を捨てる気でもあった。そうなれば一旦十三番国へ戻って大勢を建て直し、再びリョウマ軍と対峙することになるだろう。また、マサシ自身がリョウマ領へ攻め入る場合もあろう。 そんな中、マサシからの物資の供給が滞りつつあった。ただ、兵数が当初の予定より少なくなってしまったために、それほどの被害を受けたわけではないし、十七番国の収穫時期でもあるために、タナカは軍を、そして民衆を飢えさせることは無かったのだが。 しかし、奇妙なのはその原因が探れなかったことである。マサシが輸送計画に失敗をきたすなど、まず考えられない。タナカの目前の悩みは目の前のリョウマ軍だが、心の奥底で、何か引っかかっていた。 そして、八月八日がやってきたのである。
八月八日と言えば、その翌日、八月九日にも戦端が開かれていた。 そう、マサミチとオオコシとの全面対決の時が来たのである。 マサミチ軍は相変わらずの五千兵だが、マサミチの指導の下、その実力は数万の兵に勝ると言われるようになっていた。対するオオコシは、兵力なんと二万兵弱。その兵数は、三月ばかり前に追い詰められていたオオコシのものとは思えない。オオコシは急な徴兵を行い、首都から一万二千の兵、ヒカル率いる一番国、二番国から三千の兵、そして六番国から千の兵を手にしたのである。ケンタロウ率いる七番国は遠いために、まだ兵士の輸送は無い。 ここで、三番国が抜けていることにお気付きだろうか?そう、スエナガ率いる三番国である。 実は今回の一件で、スエナガに関する新たな逸話が誕生していた。 ことの起こりはこうである。一番国、二番国から送られてきた兵士たちがオオコシの元へはせ参じた時、オオコシは「三番国の兵はおらぬか」と聞いたらしい。そこで、まるで従卒のような者が三名ほどオオコシの元へ謁見し、自らがスエナガ率いる三番国からの兵だと言った。何名か、とオオコシが聞くと、彼らは「我ら精鋭三名のみであります」と答えたそうである。 それを聞いて、オオコシが一言。「まあ、スエナガだからのう」 何故期待もしていないスエナガを一地方に封じるのか、これこそオオコシ国永遠の謎なのかもしれない。 それはさておき、この二者にも決戦の時がやってきた。それが八月九日である。 オオコシ国首都たる要塞が開かれ、中から一万八千の兵が飛び出した。総大将はオオコシただ一人、後はほとんど無名の指揮官である。対するは指揮系統と兵士の能力に自信のあるマサミチ軍。 この全面対決はマサミチに有利な展開で進んでいった。 まず第一にオオコシ軍の兵士は急揃えであり、いかにオオコシと言えども指揮系統の末端まですぐに命令を届け得なかった。つまり、マサミチ軍に対して圧倒的に重鈍な動きしか出来なかったのである。 第二に、兵士の疲労が溜まっていた。長い道のりをやって来た兵士たちの中には、休むことなくすぐ戦場という者もいる。疲労困憊でまともに働けるとは思えないだろう。 そして、これはまず心配することの無い要因ではあったが、補給の厳しさと言うものがある。補給線の長さで言えば、オオコシ軍はマサミチ軍より遥かに優位に立っていた。しかし、戦場に投入された人口は二万弱。これだけの戦闘要員を食わせるために、間違いなくオオコシ国首都の食糧庫は多大なる負担を強いられることになる。もしも戦争が長年に渡って続くようであれば、オオコシ国の食糧は底をつく可能性がある、大兵力故の悩みであった。 そして、オオコシはこれだけの兵力をもってしてマサミチと戦わねばならない。 戦端はマサミチ側の攻撃で幕を上げた。オオコシ軍の正面から踊りかかり、まず先頭集団に打撃を与える。そして迎撃される前に一旦下がり、また別のところを攻撃する。 「所詮奴らは寄せ集めだ。我らの統率された動きについて来れるものか」とは戦いの直前にマサミチが士気を上げるために言った言葉である。 オオコシ軍もさるものだった。重鈍な動きで精一杯戦い、何とかマサミチ軍を取り囲もうと苦心した。しかし、その度にマサミチの華麗なる用兵によってかわされてしまうのであった。 この戦いについて、ある有名な歴史家の言がある。 「蝶のように舞い、蜂のように刺す。しかし、相手は大熊だった」 その言葉に間違いは無かった。確かにマサミチ軍は戦いを有利に展開していたが、オオコシ軍の耐久力、回復力には到底及ばない。何度かオオコシ軍をかわしきれず、その細身を削られた。 オオコシ軍の総大将も腐心しただろうが、マサミチとて厳しい戦いだったことに違いは無い。総大将同士の打ち合いなどの派手な光景も無く、その日は両軍が引き上げた。 「退け!」 「潮時だろう、一旦退け」 こうして、夜通し戦争が続けられることは無く、オオコシ軍は要塞の内部に引き上げた。その日の両軍の勢力は、一万八千対五千から一万四千対三千五百というように変化していた。このまま続けるとしたら、果たしてどちらが勝つであろうか?
深夜、マサミチの陣の中に一人の客が訪れた。 いや、「客」というのは正しくない表現であろう。正確にはそれは「味方」であり、マサシ国十番国から急報を飛ばして駆けつけた者だった。陣の中に急な勢いで馬が止まり、転げ落ちるようにしてマサミチの元へやって来た。その男はマサシ国首都の連絡係であり、情報伝達の任を果たそうとしていた。彼はマサミチの前にやってくると、深々と礼し、マサシからの情報を伝えたのである。 「落ちたか」 連絡係からの情報に、思わずマサミチはいきり立った。 「左様です、ついに十七番国はリョウマ軍の手に落ちました」 「敗因は何だ」 「マサシ様から申し上げるようにとは言われておりませんが、どうやらリョウマ軍が強硬手段に出た模様です。要塞をよじ登るようにしてリョウマ軍が潜入、タナカ将軍は数百の兵を率いて十二番国へと帰還したとのことです」 「ほう……タナカが敗れたか。その後のリョウマ軍の動きはどうなっている」 連絡係はうやうやしく答えた。 「リョウマ軍は十七番国に駐留、いつでも十二番国へと攻め入れる構えとなっております」 「そうか……さて、マサシ殿はどのように対応するかな。我われのことについてはどうだ」 「こちらに留まり、オオコシ軍の南進を食い止めろとのことです」 「分かった」 連絡係は更に話を続けた。 「それから、物資は万全でしょうか?」 「今のところ何の問題も無い、マサシ殿の計画通り、戦争に必要な軍事物資は運ばれてきておるが」 連絡係は何か言いたげに頭を下げた。 「一つだけ申し上げろと言われていることがあるのですが、もし物資の供給が滞るようになればすぐに帰還せよとのことです」 マサミチは不思議がって聞いた。 「一体どういうことだ?我々の国力はまだまだ余力があるはずではないか」 「それが、どうやら何者かに物資を強奪されると言った事件が起こっており、マサシ様も頭を抱えておられるそうです。最近、ある野党集団がマサシ国を荒らしまわっているそうです。どうかお気をつけ下さい」 マサミチはしばらく考えた。野党……マサシ国では滅多に見られない型の集団である。おまけに物資を奪ったり、マサシ本人が気にするなど、相当強大な組織であるようだ。もし戦場に現れでもしたら、軍政に相当な狂いを生じるであろう事は楽に予想できる。マサミチは決意を固め、余裕次第では野党狩りも行わざるを得ないと考えた。 マサシの完璧な計画は、修正を加えなければならなくなったようだ。 執筆日 (2004,04,20)
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