マサシ侵攻策 〜五〜

 

 平穏無事で安穏とした静寂の中にあったリョウマ国に、目覚めの電撃が走った。リョウマ領南部十七番国が外敵によって侵略され、陥落されたという報せは、大王リョウマを激怒させるのに十分なものであった。十六番国で内政、軍事に専念していたリョウマは、突然の凶報にまず驚き、そして激昂した。

「何人たりとも我が領土を侵略することを許さぬ」

 そのリョウマの各個たる決意は勅命にまで高められたのである。こうして、半ば整いつつあったリョウマ軍による奪還作戦が開始されたのである。十六番国に三千の兵を残し、残った六千で一気に南下。十七番国を奪還するための準備は整った。大王リョウマが自ら軍の指揮を取り、圧倒的な兵力で外敵を葬りさるつもりだった。

 勿論タナカの方もリョウマの動きを察知していた。マサシ陣営は十、十二番国の兵、物資を十三番国経由で十七番国に送る予定である。マサシ陣営の士気は高まり、タナカとリョウマの一騎打ちがまさに始まろうとしていた。

 その興奮状態の中にあって、唯一冷静さを保っていた男がマサシである。北のマサミチ、南のタナカを同時に出兵させる。こうすることによって、北のオオコシはマサミチとの全面対決を行わざるを得ない。南のタナカが南部侵攻を進展させれば、当然リョウマはそれを阻止しに来る。

「まさに完璧な作戦だ」

 彼はマサシ城城主の間──つまり、マサシの脳が最も効率よく回転できるような、理路整然として一部の隙も無い質素な部屋──に座り、壁にかけられた巨大な大陸図を眺め、独語した。

 国力が示す統計からすれば、まだ十分に徴兵は可能。それに加え、マサシ直属の兵力は四千である。

 彼の軍事的指導者としての力量があれば、それだけの兵でタモ国を陥落させるには十分だった。さらに、マサシ領内部からの支援さえあれば、そのままリョウマ国首都を攻撃出来るのである。首都を抑えればそこからタナカと組んでリョウマを挟撃。

 こうして内側からリョウマ国を打ち崩してやれば、リョウマ領、タモ領の完全な併合も夢ではないだろう。大陸の三分の二──しかも飛び地ではなく大陸中、南部全体である!──を支配できれば、残った三分の一を支配するのも容易なことである。併合によって苦労を強いられる場合もあるだろうが、それは善政によって民衆の心をリョウマから自分へと変えればよいだけである。

 彼は作戦の成功を確信していた。

「しかし、その前にやることがあるか……」

 物資と人的資源の補給計画である。北で善戦するマサミチ、そして南を進撃中のタナカに、それぞれ兵力と物資を送らねばならない。

 マサシは十番国、十二番国、十三番国にそれぞれ物資、兵士の輸送を指示した。その指示には物資の量、兵士の数、通行路、出発日時などが極めて詳細に記されており、誰が見ても完璧としか言いようが無い物であった。「ほぼ」完璧としか。

 実のところ、マサシですら気付いてはいないが、その計画には一つの欠点があったのである。

 この「マサシの見落とし」は、後にタモ、リョウマ両者の命運を左右することとなる。

 

 十七番国を統治することになったタナカは、一つの問題に自身でケリをつけた。

「あのヨシカスとかいう男を呼べ!」

「了解しました」とハナミチ。数分後、ハナミチはヨシカスを連れてやってきた。キッチリと正装したその姿は、つい先日大量の人民を虐殺に巻き込んだ首謀者と同じ人間とは思えなかった。むしろ、どこか高貴な雰囲気を漂わせてさえいた。

 タナカは危険な匂いを感じた。外見に惑わされてはいけない。そして、そのような高貴な血筋めいたものを感じさせる者こそ、忌避すべきである。タナカとて一般市民や農民階級から成り上がった男では無いが、何の功績も無く、ただ血筋のみによって最初から将来を約束された者に対して反感はあった。王室、帝室で血なまぐさい闘争を続けていたのは、彼らではないか。

 勿論、タナカは今目の前にいる男が、マサシのために少なからぬ功績を立てたことは知っているから、その功績が戦乱に関係の無い市民を殺した上に成り立っていると知っていても、彼を無視することは不可能だったのだ。

 タナカは彼を座らせた。十七番国要塞内部の司令官室だが、そうたいした設備も無く、質素と言える外見の部屋である。その部屋の扉の前に、番犬のようにハナミチが控えていた。逃げ出したくても逃げ出すことが出来まい。本人にその意思があろうと無かろうと。

「お主の名は、ヨシカスというのだな」

「はい、まさしくその通りで御座います」

「同時に、相手次第でどこまでも自分をさげすむことの出来る男だな」

「……今、何と仰いましたか?」

「自分に都合の悪いことは聞こえんか」

「……」

 ヨシカスは僅かに掴みかかる姿勢を見せた。それに反応し、ハナミチがヨシカスを睨みつける。

「一般市民を戦乱に巻き込み平然としていながら、この大将軍タナカに対しては卑屈なまでの態度をとる、その相違はいただけんな」

「態度を問題にして、人物の評価を決める姿勢こそいただけないものではないでしょうか」

「そんなことは分かっておる。お主がマサシ国のために少なからぬ貢献を行ったということも」

「ならば何故私を罵倒するような発言を始めたので?」

「お主に聞く権利は無い」

 またもや。先程と同じことが行われた。今度は、ハナミチが睨むだけでは収まらなかった。ハナミチは、彼に怒声を浴びせた。タナカに掴みかかろうとしたヨシカスは、再び冷静になってタナカに向き合った。その目には、怒りの炎が燃えているようにも見えた。

「さて、お主の今後のことだが……十七番国に留まるのは止めてもらおう」

「どこからそのような結論が導き出されたのですか?」

「お主は一般市民を巻き込んだ。間違いないな?」

「間違い、ありません……」やや苦しそうに、ヨシカスは答えた。

「そのような者が十七番国へ留まっては、民衆の意を害することはお主でも分かろう」

「……」

「であるから、お主には我が君主、マサシ陛下の元へ直に士官してもらう。異論はないな」

 タナカの口から出た思わぬ言葉に、ヨシカスの表情が変わった。驚きと、その後に喜び、そして自信に満ち溢れた表情が表れた。しかし、続くタナカの言葉でヨシカスの平静は崩れ去った。

「マサシ殿の才覚があれば、お主にも城の雑用ぐらいは務まろう。邪魔にならぬようにな」

「言わせておけばっ……」

 ハナミチは慌ててヨシカスを制しようと動き出したが、ヨシカスがタナカに掴みかかる方が先立った。

「黙って見ておれ、貴様らのごとき燕雀に鴻鵠の志が分かってたまるか!」

 圧倒的な声量で喚くヨシカスを、ハナミチが取り押さえた。取り押さえられていた彼は尚喚き続けていたが、ハナミチによって無理矢理外に連れ出された。タナカは遠くからその光景を見やり、安堵したように溜息をついた。

「あの男も使い勝手が無いわけでは無さそうだな……忍耐力にやや欠けるところがあるが、マサシ殿ならあの小男ぐらいは制せよう」

 厄介者を排除して、タナカの心配は一つ去っていった。民衆の人気取りも、王者の威信を高める上で必要である。恐らく、危険人物を排除することに成功したタナカの人気は上がるだろう。統治者としては、好ましい結果ではある。

 その安堵するタナカの元へ、ハナミチが駈け戻ってきた、凶報を背負って。

「報告を申し上げます、リョウマ軍南進!その数六千!」

「やはり来たか!それにしても数が多い……援軍が来るまでに耐え切れる物か?」

「それは我らの力量次第」

「お主、いつから正直者になった」

 ハナミチは質問に答えず、不敵に笑うのだった。

 何はともあれ、こうしてタナカは三千の兵によって倍近いリョウマ軍と対決することになったのである。後世に残った資料によると、その決戦の日取りは旧暦1560年五月二十八日のことである。


執筆日 (2004,03,25)


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