マサシ侵攻策 〜三〜

 

 オオコシの統治する5番国は、首都をぐるりと取り囲むように門が作られている。

 高さも強度も申し分なく、その外観は長城のようであるとすら言われている。この門の戸を閉じれば、まず外敵は侵入不可能だろう、周りの外壁を全て崩さない限りは侵攻すら出来ない。門はそれぞれ大門と呼ばれ、四つの門にはそれぞれの方位をつけて呼ばれる。例えば、南なら南大門という具合に。

 オオコシ軍が南大門を越えたのは、正午頃だったと記録に残っている。それは旧暦1560年、五月十日のことであった。尚、この日はキュウイ逝去からおよそ四日後の出来事で、マサミチがマサシ軍を統率し、11番国を立ってから五日後であった。

 オオコシ軍の軍勢はおよそ三千。マサミチ軍はおよそ五千。正面から渡り合った場合、オオコシ軍に勝ち目は薄かった。オオコシ軍はマサミチ軍を回避し、5番国へ帰還。体勢を立て直してマサミチ軍とやりあうという構想が打ち立てられた。作戦立案は、命からがらオオコシ軍へと復活したケンタロウだが、たとえオオコシが作戦を立案したとしても同じ結論に達しただろう。尚、この時「歩く無能」と言われるスエナガ、彼らの副官たるヘイ、ヘウもオオコシ軍本体に合流している。

 遠征からの帰途に着く彼らは、精神的に疲労が溜まっていたに違いなかった。敵と見えても、結局大軍同士で戦ったわけではない。鍛え上げられたオオコシ軍にとって、戦闘に対する飢えと渇きを抑えるのは難しい。もしもこのオオコシ軍が強大な敵と対峙したら……果たして戦略的勝利の為に戦術的勝利を捨てられるだろうか?

 その答えは南大門にあった。

 旧暦1560年五月十日、正午。オオコシ軍三千、マサミチ軍五千、5番国南大門で対峙。

 オオコシ軍の帰還速度、マサミチ軍の進軍速度はほぼ同等であった。5番国南大門付近へと辿り着いたのはマサミチ軍が先だったが、ほんの数分の違いでオオコシ軍が現れたため、マサミチ軍は侵攻を断念した。5番国の核たる内部へと侵攻すれば、内部兵力とオオコシ軍本体に挟撃されること必至。であるもう一日でも早く辿り着ければ、歴史は変わっていたかもしれない。

 正午、マサミチ軍、オオコシ軍の姿を発見、後退開始。

 オオコシは馬上から敵の姿を見やった。明らかに敵の方が数が多い。

(ここは、悔しいが逃げの一手しかあるまい)

 オオコシ軍は軍の右翼にケンタロウを配備し、マサミチ軍の侵攻に対する陣容を厚くした。マサミチ軍は少しばかり軍を後退させ、やや後ろに控えるような格好になった。

「全軍、5番国へ帰還する!」

 オオコシの大声を合図に、オオコシ軍およそ三千──正確には二千八百の兵が一斉に動き始めた。それに伴って、ケンタロウらも動く。

 オオコシ軍は、マサミチ軍から大分距離をおいて、慎重に離れ始めた。

 

 オオコシ軍がマサミチ軍から離れつつ、門をくぐろうとして進んでいる頃、マサミチはその動きをじっくりと眺めていた。勿論、ただ眺めるのではなく、その動きを分析して戦端に持ち込もうとしていたのである。目が半開きのうえ身動きしないので、部下及び兵士達は、大将が寝ていると勘違いしてしまった。部下の一人がそっと近付くと、重々しい声で「どうした」という言葉が発せられたので、一同は大いに驚いた。マサミチは部下に作戦案を告げ、陣形を整えさせた。

 オオコシ軍の先頭は未だ南大門から遠く、尾部は丁度南大門とマサミチ軍先頭の中間地点にあった。マサミチは変形中の陣形を横に組みなおし、オオコシ軍を追いかける構えを見せた。

「全軍前進!」

 マサミチの合図で、マサミチ軍はゆっくりと動き始めた。オオコシ軍に焦りが見え、帰還速度を上げ始める、差は広がっていく一方だが、それでも、その動きはオオコシ軍の重圧となる。

 ケンタロウはどう動くべきか判断を迫られていた。ここで一気に南大門を突破するか、それとも一旦マサミチ軍を迎撃し、戦いながら突破するか……。前者がうまくいけばオオコシ軍に死者は出ないが、追いつかれてしまった場合には死を覚悟しなければならない。後者は確実な戦法だが、圧倒的に敵の数が多いならば、迎撃と全滅は同義である。

 マサミチはこの隙を突いた。

 

 オオコシ軍先頭が南大門のすぐ近くに迫り、ここでマサミチ軍が進行速度を速めた。ほぼオオコシ軍と同等の速度で侵攻し、オオコシ軍全体に恐怖を与えた──このままでは追いつかれる。

 マサミチ軍の陣形は横に広がり、全く同一の速度で進んでいる。そして、全体の陣形が崩れ始めた。中央がへこみ、両翼が突出した陣形へと変貌を遂げる。この時オオコシ軍の先頭は南大門に到着。突入することに成功。そのままの速度差なら、間違いなくオオコシ軍はマサミチ軍から逃げ延びることが出来るはずだった。ケンタロウとオオコシは安堵し、完全な逃げ切りを確信した。しかし、それを見ると同時にマサミチは一つの合図を発したのである。

 その合図は、オオコシ軍にとっての殺戮開始を告げる鐘の音だった。

 マサミチ軍の侵攻速度が、一気に速まった。

 オオコシ軍とマサミチ軍の差は急速に縮み始め、オオコシ軍中団が南大門を通る頃には、マサミチ軍はオオコシ軍最後尾に肉薄していた。これは驚くべき進行速度であり、マサミチ軍、即ちマサシ軍が良く訓練されていることの証明でもあった。

「最初からオオコシ軍全体と戦っても被害が大きいだけだ。分断して各個撃破がオオコシ軍に対しては最も有効な策になる、おまけに奴らは勇を好み過ぎている、たった一人でも反撃に出るだろう……」

 マサミチの予言は当たった。彼らの侵攻速度を見たケンタロウが迎撃の指示を出し、オオコシ軍の最後尾約四百の兵が迎撃に当たった。彼らは帰還しながら体勢を組みなおすという大技をやってのけ、マサミチ軍五千と対峙した。そして、中団が尻尾を切るトカゲのように最後尾を切り離し、戦端が開かれた。

 マサミチ軍は右翼、左翼が翼を迎撃に当たるオオコシ軍を挟撃し、正面からはマサミチ自らが軍を率いて踊りかかった。オオコシ軍兵士は持ちこたえながらも、何とか自らが生き延びようと南大門をくぐろうとした。

 しかし、そこでマサミチ軍とオオコシ軍迎撃部隊が入り乱れた。その光景を見て、オオコシは絶叫した。

「このままでは門を閉められぬではないか」

 確かにオオコシの言うとおりで、門を閉めようと思ったら迎撃部隊を見殺しにせねばならず、閉めなければマサミチ軍の侵入を許してしまう。国内で争うか、それとも少数を犠牲にするか、そのどちらかしかなかった。

 ここで、スエナガが小声で進言した。

「門を閉めるべきです、彼らは我々を生かすために尊い犠牲になるのです」

「貴様、なんと言うことを!」とケンタロウ。

 しかし、彼もスエナガが正論を唱えていることに賛同せざるを得なかった。

 侵入を許せば、敗北。

 それがオオコシの精神に多大な負担をかけた。常勝無敗のオオコシ軍は、決して負けてはいけない、今ここで門を閉めなければ、オオコシ国は内部から壊滅させられる。オオコシは決断を下した──門、閉めらるべし。

 オオコシ軍は尻尾を切り離し、生き延びた。

 

「どういうことだ!何故門を閉めるのだ!」

 門外で奮闘中の兵士達が叫んだ。門が閉められ、彼らは孤立した。十倍以上の敵を相手に大立ち回りを演じるなど、不可能の極みである。しかも相手はそうとう訓練された兵。勝ち目は無かった。

 マサミチは勝利を確信し、閉められつつある門には目もくれず、四百の兵を十倍以上の「敵」で包囲した。

「門を開けろ、門を開けてくれ!」

 彼らの悲痛な叫びは重い門に虚しく跳ね返された。彼らは戦意を喪失し、すっかり目の前に敵より先に門の中の大王を憎んだ。中には生を諦め、マサミチ軍に猛進する者もいたが、その全てが返り討ちになった。

 戦闘は、殺戮として終わった。

 

 オオコシ軍御前会議──

 タモ国への侵攻を失敗させ、更にマサシ国将軍マサミチによって半数近くに減らされたオオコシ軍は、一気に活気を失っていた。まだ軍事的には最強のオオコシ軍だが、それはマサシ、リョウマ両陣営のどちらかがタモ陣営と組んだだけで崩される名誉だった。会議ではスエナガの行動に焦点が当てられた──門を閉めることを進言したことに対し、ケンタロウが掴みかかったのである。しかし、スエナガは巧みに論陣を張り、「戦争における数の有効性」を盾にケンタロウの怒声を防ぎきった。ケンタロウはスエナガに掴みかかり、言った。

「オオコシ軍最後尾の軍隊を救えば、それに伴って確かにマサシ軍はついて来よう、だがそこで門を閉めれば数的には我らが圧倒的に有利の立場に立つことが出来た」

「慎重論を唱えただけですが」

「黙れ。貴様は時期を読み間違え、兵士達の命を戦場に無駄に落としてきたのだ。よくもそのような才で将軍を名乗れるものだな」

「敵が最後尾を分断し、最後尾と同時に侵入したら防ぎ切れなかったのでは?」

 ケンタロウは何も言わずに拳を固めた。

「二人とも、黙れ」

 オオコシの重い声が響き、二人は拳による殴り合いを止めることができた。

「過ぎ去ったことを言っても始まらん。まずは軍の再編成と軍人事の変更が先だ」

 このオオコシの態度を、戦術的敗北を気にしない大物の態度と取るべきか、それとも無神経な馬鹿者と取るかは意見が分かれるところである。オオコシは全体を見回し、即座に軍人事を決めた。

「ケンタロウ、7番国へ赴きマサシ軍の侵入を防ぐがよい」

 その後、スエナガの3番国行きが決定された。何のことはない、侵攻以前の状態なのである。

「そして、ヘイ、ヘウ、お主らは……」

 ヘイ、ヘウはお互いを見てほくそえんだ。今回の遠征で特に功を立てたわけではないが、御前会議で名前を呼ばれるということは、昇進の合図である可能性を否定できない。

「ヘイは1番国、ヘウは6番国の軍事総司令官……」

(おおっ、これは俺にも未来が来たか……)

(まさか、まさか、まさか、まさか……ついに副官脱出!?)

「……代理補佐に任命する」

 

 その直後、オオコシの大演説が始まった。

「聞くがよい、我らは今マサシ国の攻撃に対して危機に瀕しておる。お主らは各国で徴兵を行ない、本国へ兵力を集めよ。外敵は、このオオコシ本人が直接打ち払ってやろうではないか」

 オオコシは大胆不敵に笑ったのだった。


執筆日 (2004,03,13)


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