マサシ侵攻策 〜十三〜 |
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旧暦1561年8月。 リョウマ陣営総大将にしてリョウマ国大王、その名もリョウマ。大陸の西を統治する巨大な勢力の統括者の下へ、一通の手紙が届いた。それは領土拡大を望むリョウマにとっての素晴らしい告知であり、また彼の信頼できる一人の部下からの重大な「願書」であった。 「第二番国、将弱くして兵千余。また我が十四番国の兵、数四千余にしてかつ士気高し。二番国はオオコシ軍の要地なり、また、その遠方の地、一番国に通ずる唯一の陸路なり。これを攻めて新たなる軍事拠点と為すのみ。四倍の兵と豊富な兵糧を手に攻めたし、広河軍も必要無く、必ずや彼の要地を陥落せん。大王の諒解を得たし」 リョウマは答えた。「よし」と。 現在、二番国はオオコシ領である。軍事、内政共にオオコシ軍の重臣たるヒカルが執り行っている。決して軽視すべき相手ではないが、将軍としての能力は、同じオオコシ軍のケンタロウに一も二も劣り、またミキヤに対しても同様である。彼の将軍は完全に内政向きの将軍であり、国力の発展には欠かせない存在かも知れないが、決して緊急時に強いと言うわけでは無いのである。乱世においては、富国の発展した国には重宝されるべき存在かもしれないが、たった千程度の兵を率いて戦うには不向きである。 本来、この弱小将軍を守る兵はたったの千兵では無かった。本来はその倍以上に当たる兵がオオコシ国の防波堤として存在していたが、ある一件を境にその数はめっきり減ってしまった。その一件とは、オオコシの急激な徴兵である。 マサシ軍の侵攻に伴い、それに対抗するためにオオコシは領土全域から徴兵を行った。その際、重臣であったヒカルは、当然ながらオオコシに千近い兵を送ったのである。大王が戦死でもすれば、自分に明日は無いと思っての判断だった。これは応急処置というより、生きるために片足を切り取ったようなものであり、今やオオコシ軍の軍事力は中央に集中している。 ミキヤはこの分散したオオコシ軍を叩く心積もりであった。勿論、ヒカルを叩けばその分危険なオオコシ軍本体に近づくこととなるが、二番国を得ることによる利点は大きい。その土地から上がる収益を計算すれば、オオコシに攻められる危険性を考慮の上でも、落とすべきだとミキヤは判断したのである。 こうして、ミキヤ率いる四千余りの兵は、広河を渡って二番国の既存勢力と対峙する事となった。 ミキヤの北伐は穏やかな広河の流れのように順調で、また確実だった。 大王から「よし」との返事を貰い、早速ミキヤは編成を行った四千の兵で広河を渡る手はずを整えた。夏ごろの広河の水量は大幅に減る。ただでさえ減っているのだから、その減り方はすさまじく、「大河」級の広さに変わってしまう。もはや巨大な軍船を作る技術も、動かす必要も無く、楽に対岸に渡れるのだった。 彼は軍をいくつかの小部隊に分け、それぞれに適した大きさの船で広河を渡ることに決めた。勿論、船自体には大した戦闘力は無いが、戦闘には使う必要は無くとも戦争には非常に重要な要素なのである。兵の輸送、兵糧の輸送など、その使い道は多岐に渡る。また、広河が増水した後のことも考える必要があるため、あまり小船では却っていけないのだった。 さて、この侵攻に驚いたのはオオコシ軍である。 二番国を守るオオコシ軍将軍、ヒカルは敵将とその数を考え、出来るだけ守りの姿勢に回ることにした。 「ミキヤは堅実の代名詞とでも言うべき男だからなぁ……間違いなくこちらの戦力も把握しているはず」と、ヒカル。 「やはりこちらは援軍を頼むしかないか……まずは大王に報告せねばなるまい、老将ミキヤが恐ろしい敵となってこちらを攻めるならば、大王と言えども決して無視は出来ないはずだ」 そして、彼は大王宛に手紙を書き、ことの次第を伝えることにした。 「そうそう、それから……あまり役に立ちそうに無いが奴にも事の次第を伝えておこう」
誰かがくしゃみをした。 「うーん、誰か僕のことを噂してるのかな?」 言った者は、腕組みをしながら頭を上下に動かす。更に独り言を言う。 「そうだよね、誰もが知ってる有名人、一番国軍事総司令代理補佐のヘイ様だもんね、いつ全国の美女が僕のことを話題にしてもおかしくないはずさ」 更に、ヘイは腕組みを解かず、難しい顔つきで言う。 「何だか自分で言ってて悲しくなってきたよ……案外あのスエナガ辺りが僕のことを……いや、気持ち悪い想像になりそうだね、やめ、やめ」 想像に表れたスエナガを、嫌悪感たっぷりの表情で振り払うヘイ。
その二日後── 「ヒカル将軍だって!……スエナガと大差無いね」 しかし、彼は手紙の文面を見てゆっくりと顔をほころばせた。 「ははは、やっぱり分かる人は僕の才能を分かるんだね、さあて、ヒカル将軍の元へ乗り込んで一旗上げてくるとするかな」 ふと、ヘイは心の中で思った。 (……ヘウ、一歩リードだよ……) こうして、彼はミキヤ軍と交戦するヒカルの援護に、千の兵を率いて向かうことになった。ヒカルが彼に期待したのは単なる防波堤としての役割なのだが、勿論彼は知る由も無かったのである。 その頃。 「ヘックショイ!……風邪かな?それとも美女が俺のことを噂してるのか。そうだな、六番国軍事総司令補佐のヘウ様だからな……何だか言ってて悲しくなったぞ、せめてスエナガとヘイには噂されたくないな……」 やはり似た者同士のヘイとヘウなのであった。 こうして、第二番国と第十四番国の間で新たな戦端が勃発しようとしていた。 そして、その約三ヵ月後── 旧暦1561年11月2日。ついにタモ国に決定的な危機が訪れることになる。 歴史は、ここで大いなる変革を見せ付けるのである……。 タモ領第四番国。 二人の男が話していた。 大柄で、紅の鎧をまとった大男。それに相対するように、小柄だが、締まった体つきをした聴診の男。 「いよいよ進軍の時だ来たようだな……」 大柄な男が口を開く。 「ケッタ殿、本当にこのような方法で宜しいので?」 長身の男は疑問符付きの問いかけを、紅の背中に投げかける。 「分から無くとも良い、ムソウ。副官である貴様にすら俺の心持は分かるまい、我が君主に対する最大の奉公は、我が君主に対する反逆なのだ」 ムソウ、と呼ばれた男長身の男は、更に問いかえす。 「本当に、反逆の道を歩むのであれば、止めるつもりは無いのですよ。あなたは止めて聞く男ではないですから」 「そこだけでも分かっておれば良い」 ケッタは馬上で後ろを振り向く。千五百の精鋭たちがその視線に応え、馬を常に走れる体勢に持って行った。休息は十分取らせてある。そして、背後にはタモ領本国へ送り届けなければならない大荷物が用意されている。その積荷は彼らのせめてもの忠誠の証でもあった。 「行くぞ、ムソウ……我らが君主の首を取るのだ」 「了解」 最後に、ケッタは念を押す。 「……合図を忘れるな」 天高く蹄の音が響く。タモ軍──今はケッタ軍となろうとしている者達──が人馬一体となって四番国を空にする。彼らは一丸となって、彼らの大王の待つ十五番国へ下っていった。時は旧暦1561年11月2日。ケッタとタモが対峙する、およそ一日前の出来事だった。 ここで、ある歴史家が言う。 「歴史とは完全な史実であるべきだ、史実を曲げて作りしものは紛い物の歴史、所詮歴史とは呼べぬだろう。しかし、歴史の中核をなす人物一人一人の心情を描写しなければ、何故歴史がこのような流れを形成するに至ったのか、分かる者は居るまい。つまり、歴史の登場人物たる者共をより細かく描写するのは歴史を書く上では良い手法なのだ。ただ、ここに書く内容は、冒頭の部分のみ、出自からして真偽の程が窺えぬものもあるため、架空の伝記となり得ることもある。それだけは明記しておこう」 旧暦1561年11月2日。夜。 タモ領首都十五番国に程近いところに千五百ほどの武装集団が現れた。 彼らはケッタを筆頭とする反逆者集団であり、タモ国に対する裏切りを、まさに行おうとしていた。十五番国に程近い平地に陣を張り、交代で見張りを立てつつ、眠りに就いていた。そこへ一匹の雉が現れたのである。この鳥は、愚かなことに、窮鳥でも無いのに狩人の懐に飛び込もうと期を窺っていた。 そこへ通りがかったのがケッタ陣営副官、ムソウである。 彼はその雉の未だ幼いのを見ると、始めは幻覚を見ているのかと不思議に思ったそうである。しかし、よくよく見ると違うようだと分かってきた。その雉は子供くらいの背丈で、手に短刀を持ち、下手な隠れ方でじっと目を凝らしていたのである。それは陣の奥深く、ケッタの居場所を見据えているように思われた。 ムソウはそっとその後ろに立つと、その雉を羽交い絞めにした。 「──!?」 「子供がこんなところで何をしている」 ムソウはその腕を引っ張り、短刀を叩き落す。 「何すんだよっ!放せっ!」 思ったよりも甲高い声だった。見たところまだ年端も行かぬ年頃の少年であるらしい。怒気をはらんだ目でムソウを睨み付ける。だが、そんなことに動じるケッタの副官ではなかった。 「さあ、来い。怪しい者はたとえ子供であろうと容赦せんからな」 「怪しくなんかないっ!」 「いい加減なことを言うな、行くぞ、ケッタ将軍がお待ちかねだ」 「ケッタ……?」 突然ハッとしたような顔になる少年、ムソウは、そんな様子を見てふとしたおかしさを感じながら、それでも職務を全うすべくケッタの元へ少年を連れて行った。 ケッタは起きていた。どうやら眠りにつくことができないらしい。 「何の用だ?」 「怪しい侵入者ですよ。一応お目通りさせておこうと思いましてね」 ムソウは、ケッタの返事も待たずにドサッとその子供を放り出した。いつの間にか後ろ手に縛ってあるので、その子供は上手く着地することも出来ないようだった。 「一応将軍の暗殺を狙っていたようなので、捕縛した次第です」 「何だ、何かと思えばただの子供ではないか」 「ただの子供なんかじゃないっ!」 その子は怒りに燃える激しい目でケッタを睨み付けた。 「お前に殺されたシュンエイの子、コウランだっ!」 そこで、首をかしげるケッタ。 「……誰だ?」 「私にもさっぱりですが……」とムソウ。 すると、その子は一瞬放心したような顔になり、すぐに元に戻った。 「忘れたとは言わせないぞ、俺の父シュンエイは、何日か前にお前に殺された、タモ軍の勇者の一人だ!」 執筆日 (2004,07,13)
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