マサシ侵攻策 〜十ニ〜 |
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大陸北西部、リョウマ国十四番国。 オオコシ領二番国と、広河を挟んで対立するような立地である。事実、第二番国と第十四番国は、過去に何度も広河を挟んで戦争状態に突入してきた。それは両手両足の指では数え切れず、望天山に源流を持つ広河に「紅河」との別称を与えた所以であるとさえ言われている。 まだオオコシやらリョウマやらが独立を果たしていなかった頃、まだ大陸全土が完全な戦国状態だった頃、または、旧暦が旧暦と呼ばれていなかった頃、やはりこの地は対立の中心であった。 当たり前のようだが、広河の下流ともなると、川幅は広い。海と間違えた者が何人もいるが、彼らはみな水を飲み、塩辛くないのを確認すると、ようやくこの「海」が「河」であることを認める。その広河を境に国境が分かれてしまうために、河の対岸で文化的、制度的にも全く違ったものが発達してしまう。結果、その差異が多くの戦役と悲劇の種となってきた。 それ以外にも、河の権益の問題もある。 海と見まごう程の広さであれば、そこに眠る資源も半端なものでは無い。それを二国が取り合うのである。過去には漁業権一つで戦争が勃発した例もあるのだ。 また、河の上で馬を走らせるわけにもいかないので、この地方の軍隊の主力は海軍である。正確には「河軍」というのが正しいが、語呂が悪いので誰も使わない。 そんな広河にも終止符が打たれる時が来た。 旧暦1560年、オオコシ国とタモ国の間に勃発した戦争である。 オオコシ軍武将ケンタロウ、スエナガ(ほとんど何の役にも立っていないのだが)の二将軍がタモ国四番国を相手に戦闘を仕掛け、タモ国の天才武将キュウイがそれを打ち破ったという有名な戦役である。 この時のオオコシ軍武将の動きは完全な囮であり、それはキュウイらタモ軍を一箇所に釘付けにさせておくことに要点があった。この間、オオコシ軍本体は広河の流れを変えるべく、上流にて広河の堤防──自然の堤防というべき存在──を決壊させた。結果として、広河の流れの半分は、大陸北東部、オオコシ国六番国、七番国辺りに流れることになった。 オオコシ軍一世一代の大工事……それは、地形を変え、広河を狭め、攻め難いところを攻めやすく、戦争を仕掛けやすい状態にしてしまうものだった。 この影響が大陸北西部、かつての広河下流にも表れたのである。支流が出来たことになるから、当然ながら河の流れは随分とゆるやかに、そして狭くなる。事実、広河下流の水量は、以前を遥かに下回る水準に落ち込んでしまった。魚介は減り、陸地が大幅に増え、そして、海軍の必要性が大幅に減った。もはや巨大な軍船は、対岸に兵を運ぶ以外に用の無いものになってしまった。果たして巨大な軍船が何隻もひしめいて、戦争を行うだけの広さがあるだろうか?──否。少なくとも、広河を越えることが容易くなった為に、海戦──広河戦のみで決着をつける必要が無いのである。 こうして、この二国の間でも陸軍が重要性を帯びてきた。 十四番国を任せられるリョウマ軍副将、ミキヤ。 二番国を統治するオオコシ軍将軍、ヒカル。 両者の間で緊張状態が高まり、ついに1561年を迎える。 時は1561年8月、リョウマ領十四番国。 ここに、密かに侵攻を企てる男がいた。
時は1561年10月25日。 ケッタの手紙により、タモは再び四番国を訪れることになった。 国王らしくも無く、騎馬で重臣の下へ駆けつけるタモ。その周りを固める兵は数十。本来ならば不要な兵である。タモ国首都に集まる重臣たちは、突然のケッタの手紙とその内容に対し、すくなからず不信感を抱いていたのだ。そして、タモに護衛をつけるべきだと言った。 タモは条件を呑んだ。但し数十の騎兵まで、と条件をつけて。 彼らはタモ領十五番国を出発し、高速で四番国の中心へ向かう。 夕日が傾き、夜が徐々に顔を覗かせる。 道中、タモは幾度か荒廃した田園風景に出会った。それはキュウイが四番国を統治していた頃は、全く見られなかった風景である。それだけで、四番国の統治が上手くいっていない事の証明になるのだ。タモの不安感は募り、馬の手綱を握る綱に力が入る。時として綱を掴み損ねるのは、手に汗をかいているからだろうか。 タモの周囲を囲む数十の兵は、当然ながら強者揃いである。恐らく五百兵を束にした部隊でも、殲滅に手こずるだろう。そう考えると、不要な戦力だとタモは思う。心の底でケッタを信じているふりをしながら、実は同時に信じていないのではないかとも思われた。二つの相反する心情が同伴し、彼の思考はかき乱されていた。果たしてどちらが真実なのだろうと。 タモを中心とした兵の一団は、四番国の中心部へと駆けて行く。 (いや、どちらも真実なのだろう……) ケッタを信じる心、信じきれない心、二つの心情の問題に強引に蹴りをつけ、彼らは進む。やがて、四番国の中心にたどり着いた。 たどり着き、呆然とするタモ。 「どういうことだ、ケッタは何を考えている?」 明らかな動揺の色が見られる。それもそのはず、四番国の都は荒廃──荒廃という言葉が似つかわしくなく、むしろ荒野と化したと言った方がいいかも知れない──し、活気に満ち溢れた属国が、過去の名残だけを残していた。 しかし、何よりもタモとその配下達を驚かしたのは、その四番国の荒廃ぶりではない。タモの配下の中には、今まで四番国を訪れたことの無い者もいるのだから。 彼らの眼前には、千五百を越える兵士の集団がいた。いつでも臨戦態勢が取れるように、手に武器を持ち、整然とした隊列を組んでいる。 やがて薄闇の中に大声が響いた。 紅の鎧が日没の光を受けて煌く。 「タモ大王陛下!お待ち申しておりましたぞ!」 酒でも飲んで酔っ払っているかのようなケッタの台詞。 「今宵は月が輝く良い夜でありますなあ。語り合うのにこれほどの好条件もありますまい!」 「ケッタよ、これはどういうことだ!我に反逆の意思があるか!」 タモの言葉が闇夜を鋭く切り裂く。それは、ケッタの平常心を切り裂いただろうか。 「タモ大王!我らは国の行き先を危惧しているのですぞ!北のオオコシに東のマサシ、そして西のリョウマ、全てが我らタモ王国を狙って居るのです!」 「しかし、我が軍はあまりに軟弱。このままでは国は焦土と化し、大王陛下の持つ理想も儚き夢として霧散するのみ!我々の行く末にあるのは繁栄か、滅亡か、分からぬ陛下ではあるまい!」 タモも、その配下も、ケッタの配下も、みな彼の演説を聞き入っていた。 「陛下のお考えでは生き残れないのです!」 ケッタは、タモのやり方を、生き方すらを一蹴した。それは彼のタモ国との決別でもあった。 「このままでは国は傾き、何ら抵抗の爪痕を残せぬまま終わってしまうだろう!しかし陛下は我が意を汲まず、軟弱な重臣どもに我が位を明け渡そうとしておられるのだ!陛下は話し合いの場に騎兵を連れてきてしまったのだ、ならば我々もそれ相応の報いを返さねばなるまい!」 そして、ケッタは行動に出た。 「今一度問おう。我が意は陛下から大王の位を簒奪することにある、もし陛下が素直に位を譲り渡さぬというのなら、武力によって奪うのみ!」 ケッタが右手に長剣を持ち、剣を掲げる。兵が攻撃態勢を取る。 タモは信じられぬものを見るような思いで、ケッタを見据えた。力を失った眼光がケッタに襲い掛かる。それは紅の鎧にはじき返され、ケッタの心にまでは届かない。もはや心さえも鋼鉄で武装しているのだろうか。 タモは必死で言葉を紡ぎ出す。 「お前に大王の位など譲りはせぬ……」 ケッタはタモの行動を嘲笑した。 「聞いたか、者ども!陛下は我が身の安泰を得るために国を潰すと仰せられるぞ!」 ケッタ陣営からは笑い声一つしない。そして、タモ陣営は何とか国王を無事に帰そうと、陣形を組みなおす。 「それでは簒奪させて頂くとしよう、用意はいいか、タモ王国軍の軟弱兵ども!」 タモ軍同士の戦いが始まった。 一方的な攻撃を仕掛けるケッタ軍に対し、タモ軍数十の兵は逃げ惑うばかりである。猛者揃いだが、所詮その力量がケッタに敵うわけではない。 さらに、ケッタ軍の実力は計り知れぬものがあった。 圧倒的な攻撃力と移動速度、それは完璧に訓練された兵の動きだった。最強を誇るオオコシ軍と比較してすら、強い。その猛攻を必死で受けながら、タモ軍数十の兵は大王を守ろうと必死に戦陣に立った。タモもすぐに戦況を飲み込み、一刻も早く四番国から抜け出そうとしている。だが、数的にも実力的にも圧倒的優位に立つケッタ軍が、彼らを逃がしはしない。 「殺してはつまらん、生け捕りにせよ!」 更に勢いを増して襲い掛かるケッタ軍。 「大王陛下!早く、こちらへ!」 逃げ惑うタモ。 タモは無事騎乗し、ケッタ軍の包囲網を破るため、手綱を引く。馬が嘶く、たてがみを逆立て、飛ぶように走り出す。それを追うタモ軍の勇者達。その数、五名。他の猛者は未だにケッタ軍と戦闘している最中である。 「逃げるか!」 ケッタの檄が飛び、すぐさま逃げようとする猛者たちに襲い掛かる。だが、馬の速度はさして変わるものではなかった。長い距離を走行し、疲労していたといえども、馬達もまた猛者である。僅かながら、ケッタ軍を引き離す。 ケッタは、単騎タモの背中を目指す。まず五人の内で最後列に控える猛者と対峙する。 「命が惜しければ退くのだなっ!」 ケッタの一撃が最後尾の一人に振り下ろされる。相手も剣で受け止め、即座に馬を下りる。ケッタも即座に地に降り立つ。 「陛下の邪魔はさせん、我を倒してからにしろ」 お互いに構えて剣を相手の眼前に突き出す。ケッタは身を翻し、抜刀。相手はそれを交わし、ケッタの頭部目掛けて斬撃を叩き込む。ケッタはそれを交わし、相手は続けざまに抜刀。ケッタ、長剣の先で受ける。 「ほう、このケッタとやりあうとは……お主、やるではないか。我が配下に加われ、優遇してやるぞ」 「黙れ、裏切り者が」 相手がすかさずケッタの懐に飛び込む。 「全く、素直であれば長生きできたものを……」 決着はついていた。相手は口から血を吐き、地に倒れる。 「大王陛下、間もなく首をいただきに参上しようぞ……」 ケッタはタモ達を追うのを諦め、自陣へと馬を戻した。 執筆日 (2004,06,29)
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