マサシ侵攻策 〜十〜

 

 マサシの侵攻は終わった。

 タモ国に対して圧倒的優位を保ちながら、その首都を落とすことも出来なかった。

 オオコシ軍に対しても互角以上に戦っていたが、最終的にはオオコシの地力(ケンタロウの功績が大きい)によって逆転されてしまった。

 リョウマに対しては後一歩のところで罠に気付かれ、放り出した餌のみを持っていかれた。

 これらの一連の出来事はマサシを、マサシ国を悩ませるに足りるものであった。遠征の失敗により、マサシの懐は手痛い打撃を受け、しばらくは民力を休養させて懐を富ませるのに専念しなければならなかった。マサシ国の回復力が群を抜いていると言っても、消費した民力、物資、金銭……それらも同時に群を抜いていたのである。

 マサシは首都にマサミチを配置し、自身は北へ向かった。単にオオコシ対策だけでなく、開発しきった南を捨てて、新たな収入源を作ろうという思惑もあったのだろう。タナカは相変わらず南を任され、いざリョウマが軍勢を率いてきた時の防波堤としようと言うのだった。

 マサシ国の歴史は、ここから守りの時代に入る。

 獲物を狙うハゲタカ……五番国にいるオオコシといつでも一騎打ち出来るように体勢を作り上げ、国力を回復させるまでの時間稼ぎとする。

 「敗戦」後の予定のために、マサシ、マサミチ、タナカの三者が対面したとき、その案は現実に移されることが決定された。

「我々は、急ぎすぎてしまったのだ」

 マサシはマサミチ、タナカに向かって独語した。二人は口を挟まなかった。

「自分に最も相応しいやり方で勝つのが一番良い手なのだろう。前回の侵攻などオオコシのごとき野猿の真似に過ぎなかったのだ」

 野猿が聞いたら怒りそうな台詞で、マサシは続けた。

「我々に時間は十分残されている。ゆっくりと、だが確実に全国を手中に収めて行こうではないか」

「御意」とマサミチ。

「これから、いかが致しましょう」

 タナカが言った、両手を地につけながら。

「お主らに敗戦の責任を求めても、適切な後継者がいるわけではない。それに一度の敗戦で全てが終わるわけでは無いだろう。お主ら二人には引き続き将軍の任に就いてもらいたい」

「ありがたき幸せ、感受させていただきます」

 ここでマサシは二人に今後の配置について話し、それぞれの地を任せる旨を伝えた。これでマサシの守備案は実行に移されることが決定された。

 三者の対談(というほど和やかな雰囲気ではないが)も終わりを告げる頃、タナカが聞きづらそうにマサシに聞いた。

「ところで、陛下。あの男はどうなりましたでしょうか?」

「あの男か……」

 勿論、固有名詞を出さなくても分かるのである。

「所詮大器ではなかったのだ」

 その一言が全てを物語っていた。戦国では生き残った者が全てで、死んでいった者には何の選択肢も、後世に残すだけの毛皮も用意されない。例の男は所詮生きながらえることが出来なかった。生きていればこそ再起も可能となるものだが、その道を選ぶだけの実力すらなかった。それは、ヨシカスという無名になるであろう将軍の過去で、他にも多数の将軍が、そしてその数千倍、数万倍に当たる兵士が経験してきた過去である。

「さて、お主らもそろそろ各地に赴くが良い」

 このマサシの一言で、懇談(というほど和やかな雰囲気ではないが)は終わりを告げ、マサシ国の新たな日の出が始まったのである。

 

 ある歴史家の言。

「マサシ国は幸せだった。
再起の朝日が約束されていたのだから」

 

 ──オオコシ国。

 マサシ軍を撃退し、士気が高まったオオコシ軍だが、そのまま進軍しようとはしなかった。

 偏に、それはケンタロウの言が聞き入れられたからである。

 勿論、オオコシがその結論に達するまでに一悶着あったことは言うまでもない。

「これ以上の進軍は控えるべきでしょう」

「何を言っておる、これ以上無いほどに兵の士気は上がり、まさに天下を取らんとする勢いでは無いか」

 込み上げてくる気持ち──今手に持った長剣でオオコシの首を叩き割ってやりたいという「至極真っ当な」気持ち──を抑えながら、ケンタロウはオオコシの愚考を諭した。

「今侵攻すればマサシ軍本体と戦わねばなりません。それを破ったとしても、タモ軍が、そしてリョウマ軍がおります。最悪の場合両軍に挟撃されるという可能性も考えられるでしょう」

「何故お主の思考はそう負の面が強調されておるのじゃ、負けるとは限らんじゃろうが」

「勝つとも限らないでしょう」

 痛む頭を抑えながら、冷ややかに対応する苦労人、ケンタロウ。

「大体食糧も底を尽きかけているのです!このまま侵攻しては軍全体が餓死することは間違いない!おまけに急激な徴兵のおかげで農業生産力は一気に衰退し、このままでは何もせずとも滅亡ではありませんか」

「むぅ……ではどうすればいいのだ」

 自分で考えろこの野郎!という台詞を喉から胃の中に押し戻し、ケンタロウは極めて冷静に対処案を提案した。

「暫く侵攻を控え、国力を蓄えるべきでしょう。軍部の中でも今回の徴兵により新たに軍に加わった者は農村に戻すように措置を取らなければなりません。過去の王族はこのような措置に失敗したからこそ農民の反感を受けて滅んでしまったのです。オオコシ国に同じ運命を辿らせるのが賢明な方法とはとても思えません」

 沈黙したオオコシを見て、ケンタロウは最後に釘を刺しておいた。

「大王、なにとぞこれらの点をご考慮の上ご決断下さい」

「……分かった」

 彼から暴力と侵略を取ったら、後に残るのは人間の殻だけである。しかし、骨とどちらがましかと聞かれると、オオコシとしても頷かざるを得ないのだった。

 「さて、オオコシ軍一の強者は誰か?」

 この光景を見た後で、このような問いが出たら、問われた方はさぞ返答に困るだろう。

 

 結局、オオコシ、マサシともに侵攻を控えたことにより、二強の戦いは当分の間勃発しそうも無かった。

 この状況を見て、ある歴史家はこう書く。

「リョウマ軍の動きも固定され、リョウマは内政に専念し始めた。タモ国は生存が約束され、つかの間の平安に浸ることが出来た。こうして、四者の目に見えない合意のためにこの体制は維持され、暫くは大きな動きも無く、大陸には束の間の平和が訪れることになる。
しかし、この平和はやはり束の間のものであったのだろうか。
平和を脅かす使者は、この時、大陸に二人ほど存在した。
一人はリョウマ国、ミキヤ。
そしてもう一人は……タモ国最大の支柱、ケッタである」

 

 新たな時代の始まりは、旧暦1561年、10月26日。

 タモ国首都から北方にかなりの距離を隔てた地、十五番国。

 冬に向かおうとする季節、タモ国で新たな戦端が展開され始めた。


執筆日 (2004,06,9)


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