マサシ侵攻策 〜一〜 |
---|
「マサシ軍北上!」 その知らせがオオコシ国重臣会議を震え上がらせた。リョウマ軍の侵攻を告げられた時のタモ国重臣たちも、始めはその耳を疑ったことだろう。狼狽もしたことだろう。 しかし、この時のオオコシ軍の狼狽ぶり、戦慄はタモ国のそれを大幅に凌駕するものであった。オオコシ国正規軍はその半数以上がタモ国へ出かけており、おまけに国王オオコシ、腹心ケンタロウさえも留守である。実質的にはオオコシ国首都は空であり、侵略者を泥棒に例えるなら番犬のいない大豪邸のようなものである。状況の危険度はタモ国の比ではない。 オオコシ国重臣会議が悲鳴を上げつつもオオコシ軍の行方を調べた結果、どうやらオオコシ軍は北上中であることが分かった。オオコシのみならず、ケンタロウ、ヘイ、ヘウ、スエナガなど上級の将官はみな無事であり、間に合いさえすればマサシ軍との競り合いも可能のように思える。しかし、オオコシ国の重臣たちはその兵力の減少具合に驚いた。タモ国遠征以前は五千以上であった兵力が、半数以上の二千八百まで減っているのである。 オオコシ国は全域に徴兵令を発布した。国王、オオコシが不在であるために、法的権限の無い彼らは志願者しか徴兵出来なかったが。 その知らせは二番国を統治するヒカルの元へも届けられた。彼は水量僅かとなった広河の、その対岸を見渡し、深く溜息をついたのだった。戦略家としても戦術家としても無名に近かった彼だが、その知らせの意味するところははっきりと分かっていた。マサシがオオコシを攻めるとなれば、オオコシ国の南部で戦乱が発生するのは避けられない。するとオオコシ国遠隔地の守備は、本国に兵力をまわす分、手薄にならざるを得ない。そして、ヒカルのいる二番国はオオコシ国の遠隔地であり、対岸の十四番国にはリョウマ軍の二番手にして闘将の名を欲しいままにするミキヤがいる。その意味するところは、言わずとも明白だろう。 そんなヒカルの予測が正しかったことは、後日証明されることになる。
オオコシ国に混乱と戦乱の種を蒔いた「侵略者」一同は、それほどの侵攻速度では無いにしろ、じわじわと五番国へ向けて北上していた。その先陣に立つ者は、名をマサミチといった。戦略家、戦術家としての器は、オオコシすら凌駕するのではないかといわれた猛将である。ケンタロウに近い型の将軍で、自ら先陣に立って軍の指揮を取り、戦況のあらゆる変化を視野に入れた上で攻撃を仕掛ける。その的確な攻撃で相手の兵力を確実に減らし、最終的な勝利を呼び込む。今やマサシ国の主力であり、マサシから五千近い兵を託され北上していた。補給、兵力の増強などの後方支援をマサシが行なうという強力な援護があるために、補給と兵力の均衡が取れた軍団としては最上級のものだっただろう。もしオオコシ軍の方が数的に有利でも、マサミチは勝利する自信があった。そして、勝利しなければならなかった。 彼の旧友、年下だが、畏敬の念すら抱くに値する男が、オオコシ軍を相手に死闘を演じ、死んでいったという知らせが入ったからである。 マサミチも今はマサシ国に腰を落ち着けている。彼と友人では仰ぎ見る冠の色が違うし、タモ国の為に遠征を行うのではない。しかし、オオコシとの戦いにおいて、今は亡き友人の姿を思い浮かべずにはいられないのだった。 マサシが親征を行うと宣言した時、それを止めたのはマサミチである。 「国王の手を汚すまでもなく、オオコシ国を掌握して見せましょう」 その言葉を聞いたとき、マサシはこう答えたものだった。 「自らがタモ国を攻めるのは嫌か?」と。 マサシがオオコシに対する軍事行動をとれば、必然的にマサミチが対タモの防衛戦にまわることになる。そして、マサミチがキュウイの旧友である、そういった事実を踏まえた発言だった。 「国王陛下の命とあらばどこへでも参ります。しかし陛下の御身をわざわざ危険に晒す必要はございません」 マサシは相手の正論に黙って従った。マサシは配下の発言を聞き流すような耳を持っていなかったからである。その日の内にマサミチに辞令を出し、自らが指揮する予定だった軍勢を委ねた。 マサミチとしては、複雑な心境であった。マサシを論破したのは勿論正論であり、彼自身が武勲を手にするための方便でもある。しかし、本当はマサシの言うとおり、キュウイのいるタモ国へ侵攻するだけの心の整理がつけられなかったのかもしれない。私人としての付き合いの為に公人としての職務を放擲したわけではないが、侵攻する気になれないというのは事実なのだから。 マサミチの指揮する五千近い兵が楽に広河を越え、オオコシ国は間近に迫った。五番国に到達するのはマサミチが先か、それともオオコシが先か。先手必勝の名誉を手にするのは、果たしてどちらだろうか? 執筆日 (2004,02,25)
|