序乱 〜九〜

 

 広河戦第二幕が終わりを告げ、終結するまでの間は色々な経緯がある。後世の歴史家達も、「果たしてどこが第三幕となり得るのか?」という問いに対し、共通の見解を持つに至っていない。だが、二つの説が今のところ有力である。

 一つは、キュウイの策によるオオコシ軍の錯綜を、「敵のいない広河戦」として第三幕とし、その後の終結戦を第四幕とする説。これはキュウイの策によりオオコシ軍が少なからぬ打撃を受けたことを、一つの戦いと解釈する考えである。

 もう一つは広河戦の終結戦を第三幕とし、第二幕と第三幕の間に起こった「オオコシ軍の少なからぬ打撃」を広河戦の幕間劇と考える説。

 それ以外にも、その後のタモ国の戦争を広河戦の延長線上のものとして考える説、オオコシ自身による裏工作を一つの幕とする説などがあるが、これらは説としての有力な地位を得ていない。それは広河戦が「オオコシ軍とタモ軍の争い」では無く、「キュウイとケンタロウ(と、スエナガ)の争い」として後世に認知されているからに他ならない。よって、キュウイとケンタロウが直接争ったことにのみ焦点を絞った上記二説が有力となったのである。

 それでは、広河戦の注目されるべき点、キュウイの策とは何だったのか?それは時としてこのような言葉で示される。

「肥沃な土壌に一粒の種を蒔けば、一握りの穀物が手に入る。一握りの種を蒔けば、両手に持ち切れないほどの穀物が手に入る。両手に持ち切れないほどの種を蒔けば、土地一杯の穀物が出来上がる。自然の道理。やがて肥沃な土地から地力が失われ、再び一粒の種に戻るのも、また自然の道理──」

 彼はオオコシ軍に種を蒔くことに成功した。不安を抱かせ、成長してオオコシ軍の地力を著しく減少させた。また、広河戦におけるケンタロウの最大の失敗は、この種から生えた雑草を刈り尽くすのに失敗したことであろうと言われている。

 

 広河戦第二幕翌日──タモ軍本陣。

 オオコシ軍に対する軍事的勝利を収めたタモ軍は、全体的に士気が高まり、勝利の美酒に酔っていた。中には広河の存在を邪魔者視する者まで存在したという。

「こんな邪魔な河さえなければ、奴らの本陣へ直接攻め込めるのに」と。

 彼ら自身が広河に守られなければ、ケンタロウ、スエナガ連合軍によりあっさりと滅ぼされていただろう。だが、そのことを忘れさせるほど、二本の酒がもたらした快感は深かった。勝利とは、言わば「魔法の酒」であり、中毒性が極めて高いのである。

 しかし、酒の中には苦味という成分も存在した。それは夕刻隊が武勲を独占しているという苦味であり、一般の兵士だけでなく、指揮官達の顔をも歪めることになった。突然現れた味方に対し、タモ軍内では仲間意識による排斥運動──別称、単なる嫌がらせ──に近いものが起こっていたのである。苦味成分の増長を助長したキュウイ自身にも責任があり、内心では、これがいつか完全な仲間割れを起こす種になるのではないかとヒヤヒヤしていた。

 他にも、心配の種にはこと欠かない。

「報告します!広河の水量がまた例年を下回っております」

 見張りによる報告がその一つだった。今年の短い乾季の訪れは予想以上に早く、オオコシとの直接対決は近いうちに実現する。その時がオオコシ軍の「歓喜」であることは間違いない。

 更に頭を悩ます種がもう一つ、そう、オオコシの存在がその種だった。序乱の訪れを告げる手紙が訪れてからはや半月。キュウイは疑問を持ち始めていた。部下に全てを任せ、その成り行きを傍観するオオコシではない。間違いなくこの戦いにも参加すると思ってはいたが、敵陣の中にその姿を発見することは叶わなかった。果たして、オオコシはどこにいるのか。

「戦場にいようがいまいが相手の指揮官の頭を悩ますとは、なんと有害な存在だ」

 陣内の一角から変な声が上がった。そこには、オオコシ軍の捕虜が転がされていた。全体的に酷い怪我を負っているわけではないが、徹底した治療を施されているわけでもない。当時の捕虜の扱いというのはそんなものである。

「こいつら、どうしましょうか」と部下の一人が聞いた。

「そうだな……」

 キュウイはオオコシ軍の捕虜達の姿を眺めた。統一された鎧兜には、悪趣味な模様が描かれている。恐らくオオコシの趣味だろう、とキュウイは思った。白一色のキュウイも本来他人のことを言えた柄ではないのだが、彼の場合、何を着ても似合うだけの容姿があるのだ。

「これから二、三検討したい作戦がある。聞かれてはまずいな、どこかへ転がしておこう」

 こうして、オオコシ軍十数名の捕虜達はタモ軍本陣より北の方面に転がされることになった。


執筆日 (2004,01,28)


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