序乱 〜七〜

 

 タモ本国──

 オオコシという恐怖の代名詞に襲われつつ、危機感を漂わせつつ、それでも陽気なこの街に一人の勇者が帰還した。そう、強烈に似合わない白馬に乗った一人の男、ケッタである。本人の意思とは関わり無く、ケッタには白馬が似合わなかった。

 勿論のこと、タモは使者の生還を喜び、城内に招き入れた。その喜びがどこまで続くかは、マサシの手紙次第である。

 そして、マサシの手紙はタモの喜びを駆逐した。手紙を読み進めていくうちに、タモの顔が歪んでいくのをケッタは見てとった。まず両側の頬がひきつり始め、顔色に朱の成分が混じってくる。それから皺が鼻と額の間を埋め尽くす。そこから少し口が開き始め、青が顔色の主成分となる。最後に顔全体の筋肉がゆるみ、放心したような顔つきになる。そこから目を中央に寄せ、口の形が歪み始めた。

 タモの顔面の変化を冷静に解析すると、このようであった。ケッタは笑いを抑えるのに多少の苦労を要し、同時に手紙の内容に少なからぬ興味を抱いた。彼はタモの言いつけ通り、手紙の内容には目を通していないのである。情報量において主君より上位に立つ気は無かったし、密約の内容を迂闊に喋ってしまってはいけないと考えたのである。

 手紙の内容はこうだった──我、有能な指揮官を欲す。さすればオオコシ討伐に憂い無し、同盟の締結予定の友好国から、助力求む。

 要するに、マサシはキュウイを欲している──タモはそう考え、新たな予感に直面したのである。もしキュウイのような将軍をマサシ陣営に派遣するとしたら、有能な指揮官を失ったタモ国の防備は完全に薄くなる。そこでキュウイにオオコシを突かせ、その間にあわよくばタモ国を攻めようという考え……。同盟を結んだとして、果たしてマサシがこのような危険な考えを思いつきはしないか、タモは戦慄した。

 同盟の考えを提示した時点でのタモの考えはこうだった。同盟を結び、後方の安全を主張しておきながらマサシにオオコシとの決戦案を提示。その間にタモ国は国力を蓄え再起を狙う。

 タモの考えを読んだマサシは考えた。同盟を結ぶこと自体は至って有益である。タモ国を防波堤にしてオオコシとの戦争を高みの見物。そこでオオコシ軍に侵攻し、オオコシを討つ。この役目をタモ国の有能な将軍に任せることで、指揮官を失ったタモ国からの侵略も同時に防ぐ。

 勿論この作戦案を考えた時点で、まだマサシは仕官志願者の名表に目を通していなかった。結果としてこの時間差がタモの心理にヒビを生じさせることになった。もしもマサシが手紙を返す前に仕官志願者を知っていたとしたら、恐らく最初から破棄の返事を出していただろう。同盟国に迂闊に攻め込むことは、戦国において信用を失うことを意味し、最終的には孤立しかねない。彼はタモの領土を狙っていたのだから。その意味で、特別に美味しい条件が無い限りは、彼は同盟を締結する気は無かった。

 ケッタは思った。この人もやはり戦国の雄にはなりきれないと。平和な時代に生まれていれば、タモは良き王としてその名を後世に残すに違いない。しかし、平時の王として水準以上のものを持っていたとしても、それが乱世の実力に繋がるわけではない。タモは、悪く言えばお人よしなのだ。

 

 タモが背筋を凍らせている頃、城下町にも戦慄が走っていた。ある者は国の未来を憂い、ある者は悲観的な考えに捕らわれた。また、風の噂を信じきれず、無理にいつもと変わらず振舞おうとする者もいた。軍事的に顔の聞く者は、キュウイの帰還を希望した。たとえそれが不可能な希望と知っていても。

 その風の噂の発信源は、タモ国の見張り役である。彼はその肉眼で確認しうる範囲に恐るべき存在を発見すると、風のようにタモ城へと走っていった。その様子が全く真実とはかけ離れた噂を招きはしたが、最終的に噂は一つに統一された。それは敵国の侵攻という、お世辞にも楽しいとは言い難いものである。

 そして、その噂は真実だった。

 タモ、ケッタ両人は突然の侵入者に驚いたが、その侵入者が更に驚くべき知らせを持ってきたことに、先ほど以上の戦慄を禁じえなかった。

「緊急事態発生!報告致します。西の国境にリョウマ軍出現!その数約3000と見られます!!」


執筆日 (2004,01,25)


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