序乱 〜六〜 |
---|
広河を挟んでキュウイとケンタロウ、タモ軍とオオコシ軍が対峙していた。キュウイ達は河のタモ国側に、ケンタロウ、スエナガ達は河のオオコシ側に並び、敵対する構えを見せていた。勿論、間には広河が存在し、目で確認出来るのが関の山、と言ったところではあったが。 「……この戦法で来たか」 2400の兵を束ねるケンタロウ達は、広河の対岸に船を並べていた。兵士が5〜6人ほど乗れる程度の小船だが、中に乗る者次第では十分な戦術的要素となり得る。ケンタロウ達オオコシ軍は、広河の下流、2番国から船団を持ってきたのである。かといって2番国の守備に亀裂が生じては不味いと考えたのか、数名の広河軍(広河の下流域で戦う水兵は、このように呼ばれることが多い)兵士が300隻近い船を運んできたようである。 時刻は昼時。広河を挟んでケンタロウ軍約2400兵とキュウイ軍1850兵の戦いが始まった。
「さて、かの猛将ケンタロウ殿はどんな手を使う気かな」 このような場合に備え、キュウイの頭には2,3の考えがあった。ケンタロウが広河軍を使って攻めるなら、こちらの岸に上陸する作戦と、広河の中から矢を射掛けるという作戦の二つが考えられる。前者なら、岸へ上がって来た者から各個撃破に出ればいい。後者なら岸に近づかなければいい。厄介なのは、むしろ両方を組み合わせた場合である。近づけば矢で攻撃され、遠ざかれば上陸される。矢を盾で防ぎつつ広河の岸辺に出るという防戦一方の展開になることが予想される。勿論こちらも矢で応戦すればいいのだが、その場合はかなりの被害を考えに入れなければならない。 「とすると……敵の出方次第だな。場合によってはコショウ殿に連絡せねばな」 若き軍師は、ケンタロウの出方を窺っていた。敵は広河の三分の一を渡り終えた。
かたや、オオコシ陣営── 兵数2400兵の内2100兵を指揮するのはケンタロウ、残りの300兵はスエナガである。これは、スエナガの指揮能力の欠如を表す数字ではなく、指揮能力の欠如とスエナガの募兵能力(そんな能力があればの話だが……)の欠如の両方を表すものだった。 当のスエナガは風邪を引いており、300兵の統率すらままならない状態である。とくれば、指揮官として船に乗って戦うのはケンタロウしかいない。 この時ケンタロウが立案したのは射撃戦であり、敵が後退するにつれて前進、敵が前進してきたら後退、と言った物だった。主な考えはキュウイと同じで、船に乗り合わせる5名の兵士の内、一人が敵からの矢を盾で防ぎ、二人が矢を放つ。残り二人が船の漕ぎ手である。千五百からなる兵を用いているが、そのうち実際に矢を放つのは六百前後。あまり褒められた戦い方ではない。 出兵前、そのようなことを部下の一人に告げられると、ケンタロウは苦笑し、そして部下に告げた。 「この戦いの目的は勝つことではない。出来るだけ被害を少なく、戦闘を長期化させろ」 その謎めいた発言に、部下は惑わされたような気持ちになったが、それでも一応納得したような表情を見せて上官の前から退いたのだった。
戦闘はオオコシ軍の一方的な攻勢で始まった。 広河の中間地点を過ぎた辺りから一方的に矢を浴びせ掛けるオオコシ軍に対して、タモ軍が取ったのは一方的な防戦だった。盾を持つ者を並べ、後ろでキュウイが戦闘を指揮する。 「退け!」という合図と共にタモ軍が後退し、それにあわせてケンタロウの口から「前進せよ!」との声が挙がる。兵士達の一部は楽観的に考えていた。向こうは弓の使い手が少ないと見える、ある程度距離を取って戦えば楽に勝てるだろう──と。 その考えは一部事実を含んでいた。オオコシ軍の訓練された兵に対し、時間的な不利を受けたタモ軍の兵は精鋭とは言い難かったのだから。キュウイの策を危惧しない者もいないではなかったが、優勢という精神的余裕が彼らの注意力を奪っていた。 その時、急にタモ軍が前進し、広河の岸から矢を浴びせ始めた。陸上の者ほどの急な動きが出来るはずも無く、瞬時に陸上のタモ軍に差を詰められた。さほどの剛弓でなくとも、近ければ十分に矢が届くのである。 このタモ軍の猛反撃に焦ったのはケンタロウである。矢を放ちつつの反転を指示したが、逃げ遅れてタモ軍の餌食となった者が何名かいた。それでも敵の矢が届きにくいところまで下がると、すぐさま攻撃を再開する。この繰り返しにより、防衛──時として反撃──に徹したタモ軍に20兵前後、徹底攻撃に出たオオコシ軍には数十兵の死者が出た。負傷者はその数倍にも上った。 しかし、途中からタモ軍が完全防御の構えを見せ始めた。基本的な動きこそさほど変わりはしないものの、反撃を止めたのである。 「キュウイめ、何を考えている」と、防戦一方のタモ軍に近寄るよう指令を出したケンタロウ。その時、ケンタロウの乗る船の上で、副官ヘウが素っ頓狂な声を上げた。 「あ、油だ……」 見れば広河のタモ側全般、更に各船に纏わりつくように、油が川面に浮いていた。 そして、タモ陣営から一本の火矢が放たれた。
白昼に燃え上がる炎の群れが、オオコシ軍を飲み込んだ。 上流から順に火の手が回り、次々と下流域に引火する。船で逃げようにも上手く逃げることが出来ず、ある者は広河に飛び込み、またある者は燃え上がる炎に冷静さをなくし、必死で燃え上がるを漕ぎ、広河を渡った。勿論逃げ惑うオオコシ軍はタモ軍の格好の標的となり、背後に矢を射掛けられ、船上に屍を晒す者も少なくは無かった。広河流域に漂う焼けた肉の匂いが、タモ軍をある程度不快にしたが、流石に殺傷能力はない。 広河での戦闘。第一戦は、キュウイの策による勝利に終わった。
作戦の成功と戦闘の勝利を確信しつつ、コショウは上流からタモ軍の本部に向かっていた。キュウイから具体的な作戦を告げられ、それを実行に移したのは、最上流にいた彼女達である。 完全な廃棄物となった船二百数十隻と、百を越える屍を眺めつつ、キュウイはタモガミに語っていた。 「良いか、タモガミよ。この広河のように戦術的な価値のある地形を最大限に利用することで、被害を最小限に抑えつつも敵を撃退するという戦法が可能になる。しかし、注意すべきはこのような地形を表面だけ眺めて、その本質を見失うことに……」キュウイの講釈は延々と続いた。その光景を遠くから眺めていたコショウは苦笑し、馬上で呟く。 「それにしても、戦争を教材にするとは……大した教師根性ね」 第一戦による被害は、兵力にして、オオコシ軍約300、タモ軍約50である。負傷をおった者はその倍以上であり、その大半がオオコシ軍の火傷による負傷である。 紅河が、また血を吸った── 執筆日 (2004,01,24)
|