序乱 〜五〜

 マサシ国を統治する者は、隣国からの国書を何度か読み返した。その動作は「我が傘下に入れば良し、さもなくば力を持ってこれを示す」とのオオコシからの手紙を読むタモと酷似していた。但し、この場合は書く者と読む者の立場が逆転していたのだが。

 その手紙の具体的内容は、簡単に要約するとこのようである。タモ─マサシ両陣営の相互不可侵同盟を結び、横の連帯をはかりオオコシ軍に対抗する。締結の際には4番国を譲渡する。

「見えすいておるわい……」

 マサシは冷ややかな心情を隠せなかった。彼の情報網にはオオコシ、タモ両陣営が一触即発の状態にあるとの情報を捕えていた。つまり、4番国は手紙を書いた時点ならいざ知らず。今ごろはオオコシの軍勢によって踏みにじられているだろうと思われた。つまり、初めから4番国の譲渡などありえないと、マサシの機械的な頭脳は結論を下した。

 マサシは自分の頭脳に更なる重労働を課した。もしタモがマサシのように打算と計算で生きる男なら、これは間違いなく保身のための策である。タモは4番国を捨て、15番国へオオコシを惹きつけることにより、マサシ、リョウマ両大王に「がら空きになったオオコシの本国」という魅力的な餌をちらつかせているのである。その場合、マサシ又はリョウマが餌に飛びつくかどうかは五分五分である。何故なら、オオコシを攻めている間に本国が攻められては元も子も無いのだから。

 ここで同盟を結べば、オオコシの兵がマサシの本国に叩きつけられるのをタモが阻止する。即ち後方の危険性を下げることが出来るのである。

 オオコシの総軍事力は約一万。その半分を国防、残り半分を対タモに当てるとすれば、タモ国と戦闘するのは約五千。タモ国の総兵力は四千。しかし、タモ国にはキュウイ、ケッタら有能な武将が揃っており、たとえオオコシ相手といえども善戦は間違いないだろう。全面降伏をしなければ、オオコシ軍の勢力は一気に減らされるはずである。そこでオオコシの本拠をつけば、まず間違いなくオオコシ陣営は瓦解し、広大な領土がマサシの物となる。

「要するに、タモは予に『オオコシを討て』とたきつけているのだな……」

 マサシは苦笑した。確かに今こそ侵略の時であるのは間違いないのだ。しかし、そうは言ってもやはり不安が付きまとう。タモは一度取り交わした契約を破るような男ではないが、今は戦国の世、滅びの危険はいつまでも付きまとい、その確率を下げるためにも最大限の努力はしておきたい。

 せめて一人でも有能な指揮官が配下に居れば……マサシの筆は鈍り、未だ返事が書けずにいるのだった。

 そんな折、突然マサシの頭が超高速回転を開始した。まるで天啓のような考えが頭を駆け巡り、マサシの打算、策略全てを上回り、筆を動かす最大の原動力となった。

マサシは手紙を書き始めた。

 

「誰かいるな……」

 マサシ国の城を出て、ケッタは後ろから何者かの視線を感じていた。尾行されたことは一度や二度ではないため、ケッタの背は尾行者の存在を敏感に感じ取っていた。いかにも初心者といった感じの露骨な後のつけ方である。慌てず騒がず、それでいてケッタは尾行者を振り回した。ケッタは、それを一種の楽しみのようにも感じていたのである。

 彼は一度道を右に曲がった。尾行者もそれに習い、右に曲がる。ケッタは立て続けに角を右に曲がり、何度か同じ道を通った。尾行者の方も発見されたのに気がついたのか、どうも諦めて立ち去ってしまったらしい。

「全く、根性の無い奴だ」

 と、ケッタは残念そうに独語したが、これは明らかに間違いである。タモ国でも有数の体力の持ち主が歩いた距離は、11番国の周囲を二周回するほどであり、さらに歩く速度に強弱をつけて尾行者を振り回したのである。これについて来れた尾行者の体力は称賛に値する。まあ、それだけ露骨に振り回されて、ようやく気付かれていることに気付いた尾行者の迂闊さは、笑いの種にしかならないのだが。

 その後、ケッタは11番国でもかなり料金の安い部類の宿を探し出して泊まった。決して貧乏人根性が染み付いているわけではない。ちなみに、マサシ国の賓客として居城に泊まる話もあったのだが、それは蹴っている。彼は同盟国となるかもしれない国に属する民衆の生活態度も、ついでに調べようと思ったのである。

「何と真面目な心がけ。本でも出せば売れそうだ」但し、彼が調査するのはマサシ国の食事に限ったことだった……。

 

三日後──

 ケッタはマサシの居城へと来訪した。マサシが「返事を書き終えた」とのことで使者を寄越したのである。ケッタはその手紙を持ち帰り、彼の君主に献上する役目を負っていた。

 居城の前で、ケッタは門番の一人と目が合った。門番は慌てて目を逸らす。はて、どこかで会ったことがあっただろうか、とケッタは不思議に思った。だが、その思いはすぐさま忘却の彼方への旅を始めるのだった。

 居城の中ではマサシが賓客を待ち構え、会うとすぐさま手紙を突き出した。勿論、周囲を部下に取り囲まれ、安全が確認された上での出来事であった。

「どうだ、都の様子は」とマサシ。

「良い街ですな。のどかで、個性溢れる町並み、タモ国には無いものだ」とケッタ。その台詞の成分の半分は皮肉、残り半分は本気であった。個性溢れる人間と出会ったことは間違いなかったのだから。

「そうか、それは良かったであろう」と、本気か冗談なのかよく分からないマサシの言葉。

 以上のような短いやり取りを介し、二人はほんの少しの間忍び笑いを浮かべた。そして、ケッタはマサシの眼前から去っていったのだった。タモの精神に間違いなく波乱を呼び起こすだろう国書を持って。

 

 ケッタが去った後、マサシは二人の部下を呼び寄せた。一人は大男、もう一人は小男であるが、二人とも武道家の肉体を有していた。

「どうだ、今年の仕官志願者に良いのが居たか」

「胆力に関しては問題の無い者が集まっております。ほぼ全員の目の前で喧嘩騒ぎなどを演じて見せましたが、我々二人では対抗出来ない者も数多く存在します」と言い、大男は表を差し出した。

「話は変わりますが、あのケッタと言う者……尋常ならざる体力の持ち主で御座います」と小男。「指揮能力が見事なら、間違いなく注意すべき敵でありましょう」

「ふむ……分かった、下が……ん?」

 マサシは仕官志願者の表の中に、意外な名前を見つけた。豪傑、指揮能力の高さで定評のある一人の武将である。統治者の資質も申し分ない。マサシは二人の部下の前で、怪訝な顔をされるのも構わず、微笑を浮かべた。そして、言った。

「軍備を整えよ。オオコシの滅びは、タモよりも早いかも知れんぞ」

 謁見の間に、ついに堪えきれなくなったマサシの高笑いが響いた。


執筆日 (2004,01,23)


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