序乱 〜四〜

 タモ大王国南東部に位置する都は、その整備された景観によって有名だった。

 都を縦横に走る道路は、物差しで計ったような完璧な直線であり、家、商店などは立方体を少し丸めたような形をしている。商店は独自の個性を醸し出そうと苦労していたが、家はその規模によって色分けされている以外、何の個性も持ち合わせていない。表札でもつけていない限り、目的の家にはたどり着けまいと思われる。

 道行く人は皆同じような服装をしており、一見見分けがつかない。男は上下ともに灰色で、装飾感が無い。女は全身白で、幽霊めいてさえ見える。手に持つ物も、名前でも書かない限り誰の物か分からなくなるような布袋。履物はゆったりとした靴が主流で、この時代に一般的な、下駄や草履のような履物さえ「特異」と映る。個性的なのは髪型くらいのものである。それも、大概の人が似ていた。

 ここは11番国。マサシ国の首都とされている場所である。

 その都を「異様」な風体の男が街を闊歩していた。背の高い偉丈夫で、少し色黒の肌。歳は見た目30歳前後だろうか。一見して巨人を思わせる体躯の男だった。着ている物は紅い甲冑ときている。

「全く、それにしても美人が少なすぎる。顔まで同じくする必要は無いではないか」

 巨人は嘆いた。その言葉に反応した都の人間は巨人に視線を突き刺したが、その厚い皮膚と太い神経に遮られ、巨人の精神に影響を及ぼすことは出来なかった。

 その巨人──名をケッタと言い、タモ国の天才武将キュウイの弟である。

 

 ケッタがタモ国を離れ、マサシ国の首都のある11番国を訪れているのには、当然ながら理由がある。

 タモは人選をする際、このように考えた。タモガミはまだ外交使節としては使うには未熟、国王である自分自身が動き、道中を狙われれば国が傾き、戦争どころではない。キュウイには4番国の守備に回ってもらいたい。となると、必然的に残ったのは、キュウイの弟にして武将としても名のあるケッタのみとなった。また、使節に重臣を使うことで、ことの重要さを知らしめるという思いも、少なからず存在していた。

 このようにして、ケッタは書状を預かり、広河を渡り、マサシの統治する11番国へとやって来たのだった。

「それにしても、何と味気無い都だ」

 タモ国と比べれば雲泥の差である。都は都でも、大王の統治のやり方次第でこんなにも変わるものかとケッタは思った。タモ国には活気があり、色彩豊かな景観があり、住民がみな生命力にあふれており、タモガミ後援会の美女達が目の保養に……いや、最後は余計だったかもしれない。このような違いは、やはり統治者の性格と密接に関わっているのだろうと結論付けた。

「それにしても、マサシの居城まで辿り着くまで黙々と歩きつづけねばならん。何と退屈なことだ」

 これなら兄者に任せて自分が戦闘指揮に立てば良かった──そんな風にケッタが不平不満を口から垂れ流していると、アクシデントが起こった。

 昼食時になったのである。

 

 ケッタがどこにでもありそうな大衆食堂で胃袋を満たしている最中、店の外で事件が発生していた。

 11番国では大変珍しい光景だったが、喧嘩が勃発したのである。原因は店を出てきたケッタの目には不明だったが、とにかく喧嘩が起こっているのは事実であった。起こしているのは二人。片割れは剣を持った大男。もう片方は拳法の構えをした男──ちなみに、二人ともお世辞にも美的な面構えと言えなかった。剣を持つ男は剣を抜いてはいないのだが──マサシ国に限らず、街中で剣を抜くのは非常時のみのことであり、勝手な行動で剣を抜いた者は罰せられる──、今にも抜けるといった表情で柄に手をかけていた。周囲を野次馬が取り囲んでいる。どうやら民衆の野次馬根性は、タモ国でもマサシ国でも変わらないらしい、とケッタは一人で納得していた。

 そこへ、一人別の男が現れた。身長はケッタの兄、キュウイと同じくらいであろうか。平均的なという形容がピッタリあいそうな男である。一見一般人なのだが、何か異様な脱力感があった。

 その男、顔に刺青を施していたのである。

「待てい!その勝負はお預けだ」

 その男がにらみ合っている二人を仲裁に入った。

「馬鹿な喧嘩はよせ、その不出来な顔をそれほどまでして周囲に晒したいか!」

 二人は心の中で同調した──お前に言われたくは無い。

「お前は何者だ」

 剣を持った男が叫んだ。

「愚者に語る名など無いものよ……まあ、時として市民の喧嘩を仲裁する英雄だとでも言っておこうか」

 刺青男の言は、むしろ平地に乱を起こす類のだった。

「何を言っているのだ……。とにかく邪魔をするな、変態刺青男」

「お主らの顔に比べればマシなものだ」

「なにい」

 二人の男は殺気立ち、じりじりと刺青男に近づいていく、野次馬はだんだん輪を大きくし、動かなかったケッタは、必然的に輪の中へと進む形になった。

 二人の男が、同時に刺青男に飛び掛った。

危ない──とケッタが感じたときには、既に勝負はついていた。拳法家は地面でのびており、剣客はケッタの居る方面に投げ飛ばされていた。刺青の男、緊迫感の無い顔をしている割には強い。

「ふん、たわいも無い」

 刺青男が高笑いをし、勝利の喜びに浸っているところ、投げ飛ばされた剣客が飛び起きた。男は既に剣を抜いており、切っ先は真っ直ぐに刺青男の方へ向いている。危ないと思ったケッタは、その剣客を安全な方角へと蹴り飛ばした。

「ほう、お主強いではないか」と刺青男。

「いや、お主もなかなかやるではないか」とケッタ。

 お互い相手の力量を認め、笑いあう……このような経緯で、二人は一緒に食堂で飯を食うことになったのだった。

 

「ほう、旅の者か」

 二人合わせて5人前の料理を食べ終えた豪傑は、外で歩きながら語り合っていた。ちなみに、この発言は刺青男のものである。ケッタは秘密の仕事について話すわけにもいかず、諸国を放浪する者だと告げた。

「俺は今回たまたまこの街へ寄ったのだが、お主はどうだ?」

「仕官先を探しておる。上手くいけばマサシ殿が取り入れてくれるかも知れん」

「成る程、お主の力量があれば十分だろう。今度昼飯でもおごってくれ」

「了解した」

 ここで二人はマサシ城付近まで来た。流石に旅の者が城を訪れてはまずいと思い、ケッタは急に行き先を変更した。少し大回りになっても、マサシ城に辿り着くのはもう少し後にした方が良さそうだ。何しろ密命なのだから、あまり他人にばれると後で厄介なことになるかもしれない。そう思っての選択だった。

「最後に一つ聞いておきたいのだが……その刺青、AHO……読み方が分からんが、何と書いてあるのだ?」

「うむ、実は読み方さえも良く知らないのだが……どうやら異国の文字で、『優秀』とか『頭が切れる』といった意味らしい」

「成る程、そういう意味か」ケッタは深く納得した。

 こうして、二人は別れを告げた。後に再会することになろうとは、ケッタも、刺青男も思わなかったに違いない。

 

「タモ国使者、ケッタと申す者です」

 ケッタはマサシ城、謁見の間までやって来た。顔を見せるだけで「通ってよし」とはならなかったが、流石にその勇名はマサシ国にも浸透していると見え、警戒しながらも謁見の間に通されたのである。

「ほう、良くぞ参った」

 そのマサシの声は、人と言うにはあまりにも無機的過ぎた。どうも感情を欠落しているのかと疑われる。

「これがタモ様からの手紙です。どうぞ目を御通しください」

 こうして、タモ国からの『同盟』を希望する手紙が、マサシの手に手渡されたのである。歴史がタモの予想通りに動いたなら、まず間違いなく歴史的瞬間として記録されるべき出来事だった。しかし、マサシは無感動に手紙を開くと、平行か直角に目を走らせ、字面を追った。

「……なるほど、そう来たか」

 マサシの頭の中で、打算と読みが算盤の玉となって弾けあい、ついにマサシは答えを出した。

「返事はしばらく待っていただきたい、今早急な結論は下せないのでな」

 その声を聞いて、「了解しました」とケッタ。「しばらくは都に滞在するが良い」と言い、ケッタもそれを受け入れた。

 ケッタが謁見の間から立ち去り、マサシの視界の外へ消えた。マサシは、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

「全く、我が陣にもあれほどの豪傑が欲しいものだ……」


執筆日 (2004,01,22)


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