序乱 〜二〜

 オオコシ陣営出陣の儀から、遡ること十日──

 タモ大王国の南にそびえ立つ望天山を眺め、その雄大な景色と、人間の散り行く乱世の営みに思いを馳せる。そんなことをしながら、キュウイは4番国へと北上していった。道中はキュウイ他数名の熟練者が馬を走らせている。

「キュウイ師範」部下の一人、タモガミが呼びかけた。

 タモガミはタモ大王の一人息子であり、キュウイは、その教育係の任をタモ大王直々に仰せ付けられていたのだった。頭脳明晰、容姿端麗、さらに大王の御子息を兼任(?)しているとあっては、城下町の娘たちが黙っていない。事実、城下には後援会なるものまでも存在している。

 しかし、タモガミはそのような人気を一向に自覚していなかった。見方によっては鈍感ともとれるが、キュウイとしては、少なくともオオコシのように育たなかったことに安堵の念を隠し切れない。ちなみに、国内一の人気者がキュウイのことを呼ぶ時は、大抵「キュウイ師範」か「キュウイ先生」である。真面目なのだ。

「父上は、誰と同盟を結ぼうというのでしょうか?」

 キュウイは一旦眉をしかめた。本来ならば部下に話してはならないことである。しかし、キュウイにとってタモガミは特別だったのだ。

「……マサシだ」

「何故マサシと同盟を結ぶことになるのでしょう?」 

 タモガミの言葉に、キュウイは一瞬考え込んだ。

「理由か、一度は自分で考えてみたか?」

「はい。我々がオオコシと組むことは不可能です。オオコシと組めば、我々はマサシ、リョウマ両陣営から挟撃されます。オオコシはその壁役としての役割を我々に期待しているのではないでしょうか?」

 タモガミの理論は明確だった。もしタモ国がオオコシと組むとなれば、他の国は強大なオオコシよりもその属国たるタモ国、敵として確定した国を攻撃する。タモ達が必至の防戦を試み、ついに善戦虚しく倒れたところでオオコシが登場し、一気にマサシ、リョウマ陣営を倒す。

「良い答えだ」とキュウイは答えた。

「我々がオオコシと敵対すれば、オオコシの戦力は減少します。そうなれば他の二国にとっても、オオコシを攻めるには有利な状況が出てきます。あわよくばオオコシとその二国のどちらかが臨戦体制に入り、我々の戦乱は免れます。その「あわよくば」を「確実」にするため、同盟を結ぶ」

「全くもってそのとおりだ」キュウイは内心喜びを隠せなかった。教育の成果が出て喜ばない教師はいないのである。

「しかし、それならば同盟を結ぶ相手がマサシである必要は無く、リョウマであってもいいはず……何故父君はマサシを選んだのでしょうか?」

 その問いに対するキュウイの答えはこれである。

「地の利と人の和だな。リョウマ陣営にはミキヤという有能な将軍がいるが、マサシ陣営は領土の広さに関わらず、頼りになる武将がいない。我々をより高く売りつけられるとしたら、果たしてどちらになる?それから、お主も広河のことは知っていよう」

 広河──それは望天山に源流を持つ、大陸一の大河である。その流れはタモ国とマサシ国の国境沿いを流れ(正確には、4大王が独立する再に、タモとマサシはこの川を自然の国境として利用したのである)、流れは9番国北で弧を描くように曲がり、4番国と5番国の間を通り、更に2番国と14番国の間を通って大陸北西部の海に注ぐのであった。その名は川幅の広さに由来し、4番国と5番国の間でも矢が届かぬ程度の幅になっており、2番国、14番国の境では海と見間違うほどであるらしい。そのため大陸北西部では海戦が主流だとか。

「もしリョウマ陣営が我々に加担するとしたら、少なくとも4番国か15番国を通る必要がある。それでは我らがタモ国を戦場に設定せねばなるまい。その点、マサシならすぐにオオコシ陣営の背後に回り、直接本国を叩くことができる。ただでさえ国力の無い我々の本国が荒らされたのでは、これからのタモ国には末路しか残されない」

 タモガミは納得し、同時に自分の能力が師範であるキュウイ、父であるタモに遠く及ばないことを悟った。秀麗な美少年には将来のタモ国大王という職が待ち構えているはずだったが、それは肩に背負うにはあまりにも重い。

 タモガミは、第二の質問をぶつけた。

「それでは、オオコシはどのように攻めてくるとお考えですか?」

「それを予測するのはそう難しい問題ではない。オオコシは多勢で少数をいたぶることに喜びを見出す男……底意地の悪いことに、それは戦争の基本なのだ。恐らく今回も、オオコシは増強した軍事力を出し惜しみしたりはしないだろう。本国と7番国、3番国あたりに戦力を残すとしても、まだ4千から5千に登る兵力の余裕がある。その戦力を我々に投入してくることは間違いないだろう」

「となると、我々は相当厳しい戦いを強いられることになりそうですね」

「タモ国の戦力は4千……最低でも本国の防備の為に2千の兵を残さなければなるまい。従って防衛に使えるのは2千。二倍以上の敵、それもオオコシによって訓練された兵の強さは並みのものではない」

 キュウイは目を伏せた。馬を華麗に走らせ4番国へと向かうが、一度足りとて「勝てる」という思いが頭に浮かんだことは無い。タモガミも思いは同じでった。

「我々は出来るだけせこく戦わなければいけないということだ。後はオオコシの兵力を上手く分散させて戦う。この二点に尽きる」

 キュウイ一行は、黙って4番国と15番国の境を越えた。しばらく、帰って来たという安堵感がキュウイの心を支配したが、タモガミはあまり冷静ではいられなかった。

(何故戦う必要があるのか……)

 未だ大人としても認識されない若き武官は、戦国の時代を支配する「戦い」に対し、明確な答えを出すことが出来ずにいた。

(兵士も人間ならば、たとえ一年の延命だとしても、一日でも長く生きる方を選びたいものではないか……それを、何故戦いによって命を散らす必要がある……)

 そんなキュウイ、タモガミとは別に、その他の一行は国境から遠くに流れる広河のある方角を眺めた。その向こうには彼らの敵がおり、今にもこの国を支配しようと勤しんでいるはずだった。キュウイは近い未来の決戦場となる広河を見据えていた。彼の戦略構想は、その河を最大限に利用してオオコシの兵力を減らすことにあった。

(それにしても、血が好きな河だ……)

 広河は、時として紅河と呼ばれることがある。一行の生まれるより遥か昔から定着した呼び名である。古来より、この河を挟んで何度決戦が開かれ、何人の将兵達が命を落としたことだろう。そして、これから何名が河を挟んで死後の世界へと旅立つのだろう。

 この河が流してきたものは水か、それとも人血なのか。


執筆日 (2004,01,20)


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