序乱 〜十二〜 |
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オオコシ軍がキュウイの策により内乱を起こしていた頃、タモ国首都、十五番国では、リョウマ、タモ二大王の睨み合いが続いていた。 十日程前、リョウマが十五番国付近へと陣を移したのがきっかけである。当然ながらタモ直属の2200兵も、首都たる十五番国国境付近へと移動し、戦陣を張った。 しかし、タモを惑わせたのはリョウマの出方だった。 「リョウマは一体何を考えているのだ」 リョウマ軍は兵力の差でタモ軍を圧倒しながらも、その場から動こうとしなかった。数の圧力でタモ軍を脅かしながら、実際に戦闘を行おうとしなかったのである。戦術として、これが意味する狙いはただ一つしかなかった。タモ軍を十五番国に釘付けにする、という狙いである。 その狙いの裏に何が隠されているのか、タモ軍の中に確たる答えを出せる者はいなかった。戦闘を仕掛けないなら、食糧を浪費するだけの出兵は無益である。何しろ、タモ軍の行動を縛り付けたところで、全く何の意味も無いのだから。もしこれがリョウマ軍でなくオオコシ軍なら、タモ軍本体を別働のキュウイ達と合流させるのを防ぐという意味もあったかもしれないが……。 何はともあれ、用心の為にタモ軍も出陣し、十五番国西の国境付近で睨み合いを続けるほか、選択肢は無くなったのである。 そのような状況においても、タモは無駄な時を過ごすのを良しとしなかった。国境付近に構えた陣の中へケッタを呼ぶと、一通の手紙を差し出したのである。それは睨み合いが始まって、六日目、オオコシ軍が錯綜する四日前のことだった。 「タモ様、これは……」 「ケッタよ、このままでは、我々は火のついた蝋燭と同じ運命を辿る。すぐさまこの手紙を持ってマサシの元へと赴くのだ」 タモは、マサシに対する返事を書き終えていた。更に、手紙を渡す時、タモはケッタに対してこう告げていたとされる。 「この手紙を渡したら、すぐにキュウイの待つ四番国へ赴くのだ」 「それでは、ここは……ここの守りはどうなるのですか」 「相手がリョウマなら何とか守りきることは出来よう。だが、オオコシならば勝ち目は無い。時は一刻を争うのだ」 「……分かりました」ケッタは了解した。 彼はタモの考えに完全に同意したわけではない。もし将来的に戦闘が行われた場合、タモが戦闘を指揮するよりは、自分が指揮した方がマシな結果が出るだろうという計算もあった。しかし、現在は戦争状態に突入しているわけではなく、それなら一刻も早く臨戦状態の北を手助けしに行くというタモの考えは正しいのである。 白馬に乗り、タモ軍の戦陣を離れた彼は不安を隠せなかった。上記ような理由もあったが、他にも彼の心を不安がらせる要因があった。 (この手紙を渡したら、すぐにキュウイの待つ四番国へ赴くのだ) 頭の中をタモの言葉が埋め尽くす。タモは、既にマサシの出方など気にしていない。つまり、マサシがどのような出方を示すのか、タモには分かっているのである。 この手紙の中には、マサシが飛びつくものと、マサシが忌避するもの。果たしてどちらが詰まっているのだろう?
それから数日後、来客を告げる風雲が鳴り響いた──かどうかは知らないが、マサシは来客の予感に捕らわれていた。何かが起こると彼の直感は告げていた。 おかしなものだ、とマサシは思う。長年直感など信じず、理性に重きをおいていた彼が、何故今直感に捕らわれなければならないのか。しかも、何故自分はその直感を信じようとしているのか。 そのようにマサシが人知れず苦悩している頃、ケッタはマサシ城に辿り着き、入城を果たしていた。ケッタがタモ軍を離れて四日目、広河を越えて二日目の出来事である。広河を越える時、彼は違和感に捕らわれていた。何か広河が変わりつつあるように見えたのである。 「いや、そういうわけでもないみたいだな……」 変わったのは広河ではない。マサシ領へ入り、その後兄キュウイと合流する予定の自分が変わったのだ。死ぬことを恐れているわけではないが、何か死の予感のようなものが、見慣れた広河の風景を違った物に見せている。ケッタはそのように結論付けた。 そして、今マサシ城へ入城を果たし、マサシと面会を果たそうとするところだった。
「ほう、良くぞ参った」 毎回お定まりの挨拶でケッタを出迎えたのは、勿論ながらマサシである。ケッタが連れられたのは部屋の出入り口と、採光用の窓があるだけの薄暗い部屋である。マサシは周りを武装兵に囲まれ、身の安全を確保している。この薄暗い中で隙あらば暗殺してやろうか、というケッタの思いはこれを見て吹き飛んだ。 「タモ様より国書を預かっております。どうぞ目をお通し下さい」マサシに対してケッタの舌の滑りがいいのは、反復から来る慣れという人間の学習能力の一端かもしれない。 マサシはケッタの手から間接的に手紙を受け取ると、その内容にゆっくりと目を通した。その僅かの時間が、ケッタにとっては長時間にも感じられる。中に何と書いてあるのか。そして、マサシがどのような行動に出るのか、全てが彼の好奇心を刺激した。 やがて、結論が出た。 マサシが手紙から顔を上げ、冷笑を浮かべた。 「何と言うことを……」 ケッタは思わず呟いてしまった。マサシは手紙を次々に引き裂いていった。手紙であった物は原型をとどめず、小さな紙片となってマサシの足元に舞い降りた。 この時、ケッタはタモの運命までも破かれ、細かな塵となって消えたことを悟った。 「それでは、御帰り願おう」 そう言って、マサシは後ろを振り返り、下がっていった。それを遮るように人が壁のように立ち並び、ケッタを完全に包囲した。手に短い刀などの武器を持って、包囲の輪がじりじりとケッタを追い詰める。その友好とはかけ離れた行為に対し、ケッタは目にも止まらぬ俊敏な行動に出た。 自分の背後に近づくマサシ軍兵士を一瞬でなぎ倒した。マサシ軍兵士は地に伏して気絶する。 「次は誰が来る?」 ケッタの行動に、圧倒的な数の差で優越であるはずのマサシ軍兵士達は怯んだ。たった一人の豪傑に、数十人の兵士が行動をとれずにいる。 だが、そんな緊張状態はすぐに解除された。この行動でマサシ軍兵士を凍りつかせたケッタは、その隙に倒れていたマサシ軍兵を、出入り口に固まっている兵士の群れに投げつけた。それを避けようとして一瞬マサシ軍兵達が両脇に避ける。その一瞬を、ケッタは見逃さなかった。すかさず中央突破を試み、部屋を出て行った。 すぐに正気を取り戻したマサシ軍兵達がケッタを追いかけ始め、マサシ城の中で壮大な「追いかけっこ」が始まったのだった。 追われる身ながら、余裕しゃくしゃくのケッタは呟く。 「こんなむさ苦しい兵士どもではなく、もっと若くて綺麗で魅力的な女性達に追われてみたいものだなあ……。まあ、まずは兄者との合流が先か」 執筆日 (2004,02,01)
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